再会
どれだけの時間が過ぎていったのだろうか。
夢、なのか。
亮平の意識は、誰かの声によって、呼び起こされ、だんだんと戻っていく。
それは、聞き慣れた声であった。
亮平は目を覚まし、ゆっくりと目を開けると、時間を巻き戻したせいなのか、視界がぼやけた。
ぼやけた視界の先には、人影が見える。
何かを言っているようだが、耳が詰まってノイズとして聞こえてきた。
4,5秒で目が見え始めた。視界の先には、見慣れた男が立っていた。
「岡野、先生?」
男は、何かを喋りだした。
初めの方は聞こえなかったが、ようやく亮平の耳が聞こえてきた。
「ったく、体育の時間に居眠りしてる奴なんて初めて見たぞ」
今、確かそう男は言ったはずだ。
「体育?」
思わず、訊き返してしまった。そういえば、ここは以前自分が通っていた体育館のように感じる。
亮平の体は壁際にもたれかかっていた。下を見ると、体操服を着ている。
亮平は、ふと我に返る。
「そうか、過去に・・・・・・」
体育館に掛かっている時計を慌ててみると、秒針は正常通り左向きに回っていた。
マスクは、外れて、どこにあるのか、見当たらない。
立ち上がり、周りを見渡すと、かつての同級生が、三角座りをして整列していた。
そして、亮平をみて、クスクス笑いあっている。亮平は勢いよく立ち上がり、岡野に
「今日は何日ですか!」と訊いた。岡野は、素っ頓狂な質問に戸惑い、
「何言ってんだ、お前」
岡野は呆れ笑いをした。生徒たちは爆笑している。
生徒の一人が、「ついにボケたか」とからかい始めた。
亮平は無視した。今大事なのはそれじゃない。
「そうか。時計を見れば・・・・・・」
亮平はそう思いつき、腕時計を見ると、
2020年 2月25日
と記されていた。
「まさか本当に・・・・・・」
過去に戻ったのか。まだ状況が理解できていない。
亮平は落ち着いて回想をする。そうか、死のうとしたのか。
それを寸前で佐々木に止められた。そして、過去に戻れる、と言われ、時間を逆向きに進んだ。テレビのドッキリなのかもしれない。
それにしては手の込んだストーリー、先生まで呼んできたのか。
自分はからかわれただけ?どちらが妄想で、どちらが現実なのだろう。
「おい。いい加減にしろ。早く座れ」
そう言って、岡野は強引に亮平を座らせると、ボードにペンでバレーボールのチーム編成を書き出した。
「このチームで今日はいく。じゃあ、各自コートに分かれて」
生徒が立ち上がって、ボールをかごから取り、それぞれのボードに書いてあるコートに向かい出した。
亮平も、困惑しながら立ち上がり、ボードを見て、自分のコートへ向かった。
コートに着くと、先に同じグループで固まっていたメンバーが、早く来い、というように亮平に手招きする。
すると、後ろからある生徒が亮平の背中を思い切り叩いた。
「早く行くぞ」
亮平は、痛そうに背中をさすって、その生徒の顔を見てはっとした。
「前山・・・・・・」
前山は、亮平の腕を引っ張り、チームのもとへ連れて行った。亮平は逆らわない。すべてが懐かしく感じる。
「全員揃ったな」
前山が言うと、そのとき、岡野がホイッスルを鳴らし、挨拶!と大声で指示したので、コートラインに亮平たちは並び、お願いしますと頭を下げ、前山がネット際まで走ってサーブじゃんけんを相手チームとした。
じゃんけんに勝つと、前山が、「よし!」と獣のように雄たけびをあげ、メンバーもナイスー、とはやし立てた。
亮平は、現実に自分がいるとは未だに信じられなかった。すると、前山が寄ってくる。
「おーい、亮平くーん」
亮平の顔の前で手を振って言った。
「さっきからぼーっ、としてんじゃねーぞー。はい、サーブお前からな」
そう言って、亮平にボールを手渡す。
「お、おう」
亮平はボールを手渡されて、動揺しながらも、軽く頷き、コートラインにつくと、深呼吸をおき、ボールを高く上げ、右手で押し上げた。ボールは、ゆっくりと落ちていき、ネットにかかった。
流石に久しぶりの運動は思うようにいかなかった。恐らく、明日は全身が筋肉痛だろう。
体育が終わり、亮平は更衣室で着替えた。まず、自分の制服を探すのに一苦労だった。
友達の制服を間違えて着ようとして、何度も「俺のだよ!」と怒られる。
ようやく見つけると、亮平の制服は、無造作に折りたたまれていた。
紛れもなく、自分の雑な畳方だった。亮平も、もう驚かない。
着替え終わると、体育館から出ていき、亮平はエントランスに行き、自分の下駄箱を見つけると、スリッパを取り出し、階段を上って、緑色のタイルで敷き詰められた廊下に出た。
まるで、新入生のような気分である。初めて学校に来た生徒のように、亮平は周りを見回した。
一年ぶりの学校は、在学中の時とは違い、新鮮な感じがする。普段は気にしてなかったところまで、鮮明に脳裏に焼き付いた。どこか綺麗にも見える。一年ぶり、という表現が正しいかどうかは分からないが。
とはいえ、何年も通った学校なのだ。勝手は十分に頭に染みついていた。
亮平は、階段をまた上り、3階に上がると、「1年A組」と書かれたテンプレートの教室の前で立ち止まった。
在学中は、テンプレートなど気にも留めていなかったので、どこか新鮮に見える。
亮平は、深呼吸をした。この教室へのドアを開けると、まるでどこでもドアのように別世界に行くような気がしたのだ。
やがて意を決して、亮平は教室へと入っていった。間違いなく、教室に入るのに、こんなに緊張したことはなかっただろう。
そこには、懐かしい光景が広がっていた。
友達と談笑している生徒、黒板に落書きを書いてふざけている生徒もいる。
すべてが、懐かしく、そして温かかった。
残念ながら、これを表現するのに適切な表現は見当たらなかった。
ただ、一年以上、感じることのなかった温もりを、亮平は感じた。
だが、そこに一番いるべき人が、見当たらない。
亮平は、前山を見つけると、後ろから慌ただしく肩を叩いて訊いた。
「おい。悠衣は?」
前山は、友達と談笑している最中で、なんだよ、というように振り向いた。
「永野?」
「ああ」
亮平は前山に被せて頷く。少しドキドキしてきた。自分の心臓の拍動が聞こえてくるようだ。
「知らなーい。もうちょっとで帰ってくるんじゃね?」
前山は適当に答える。
「今日来てんのか」
思わず亮平は叫んだ。前山は、笑って、
「来てたも何も、お前、朝一緒に登校してただろ」
「え?」
「え、じゃねーよ。ちょっと、今日おかしいんぞ、亮平。良い病院探そうか?」
と冗談めかしく前山が言ってくる。亮平は、めんどくさそうに
「冗談だよ」
と感情のこもってない笑顔を見せた。
「ったくそれにしても良いよなー。リア充は。俺にもできないかなー」
前山がぶつぶつ言いだした。亮平は、それを無視して、教室のドアを注視した。
心臓がバクバクする。胸の高まりを抑えきれなかった。
やがて、ドアが開き、3,4人の女子グループが入ってきた。
亮平は、大きな期待を胸に、一人ひとりの顔を見た。
が、いない。
亮平は、大きな失望とともに、肩を落とした。
だが、そのとき、もう一人、後ろから入ってきた女子がいた。
髪は一つくくりに束ねられ、寒いのか、ブラウスの上に白い体操着を着ている。
透き通った目、さらさらな黒髪、それは男の誰もが一度は振り向いてしまうような。
というのは、言いすぎだが・・・・・・
「悠衣・・・・・・」
彼女は、亮平の視線に気づき、涼し気な微笑をした。
亮平の体は、硬直した。心臓のバクバクは消え、やがて胸がじんわりと染みてくる。
この瞬間を、一年心待ちにしていた。ただ会いたい。その一心でずっと日々を過ごしていた。普通に顔を突き合わせて会えるということが、どれほど素晴らしいものなのか。
しかし、前山がそんな亮平の気持ちもいざ知らず、空気も読めずに、
「あ、永野さーん。亮平が、何か用あるらしいわーー。」
と言った。彼女は、
「ん?どうしたの?」
と、純粋な目で亮平を見つめる。前山は、からかいついでに亮平の背中を軽く押した。
が、亮平の意識の先に、前山などいない。亮平は、悠衣の方に駆け寄り、抱きしめた。
クラス全員の視線が一気に二人の方へ向いた。
彼女は、目を大きく開けて驚いたが、自分の腕を亮平の背中にゆっくりかけた。
彼女も、彼女である。
クラス中で、歓声が上がった。恥ずかしくて、見てられないのか、無駄にキャーキャー、言ってる女子生徒もいる。彼女は、周囲を気にするようにチラチラ皆の方を見つつ、
「どうしたの?みんな見てるよ。」
「ずっと、会いたかった」
亮平の涙が、ゆっくりと彼女の肩に落ちた。彼女は、それを見て心配そうに
「大丈夫?」と訊いてくる。
亮平は、瞼を手でこすり、涙をふくと、彼女の体を離した。
「うん、ごめん。」と涙ながら謝った。
口笛をたてて、はやし立てている男子もいる。
亮平は、気にも留めず、ただ、彼女の瞳を食い入るようにじっと見つめていた。
彼女は照れて、亮平から顔をそらした。
亮平にとって、彼女の存在は、この一年で、どれほど大きかったことだろうか。
失うまでは、気づかなかった。もっと、もっと、彼女を大切にすればよかった。
そんな後悔が、ずっと頭の中をよぎっていた。だが、そのときにはもう手遅れだった。
彼女は死んだ。その結果は変わらない、そう思っていた。
しかし、今、彼女と過ごす日々が、戻ろうとしている。
やり直すチャンスがある。
もう、彼女は死なせない。何があっても。
亮平はその言葉を何度も頭の中で反芻して、脳裏に焼き付かせた。
「おーい、亮平。皆の前で彼女を抱きしめたんだってー?へっ、調子のりやがって」
授業が終わり、帰る準備をしていた途中、松崎が隣のクラスからからかいに来た。亮平は正直気まずい思いがした。
自分に大麻を渡してきたのは松崎である。だが、松崎はそんなことは知らない。何せ一年後の話である。しかし、やはり何か言いようのない嫌悪感というものが出てくる。
この時からすでに松崎は大麻を吸っているのだろうか。
亮平は笑顔を作って返し、逃げるようにしてそそくさとその場を去った。
そして亮平は教室の前で待ってくれていた彼女と一緒に帰った。
階段を下り、下駄箱で靴を履き替えると、また階段を下りて、校門まで続く坂道を下りなければいけない。そこからバスに乗り、それぞれの駅に向かうのだ。はじめこそ毎日の坂の上り下りに苦痛を感じたものの、慣れれば良い運動だと思って許容できる。
ずっと話題が絶えなかった。話したいことが山ほどある。
話せることは少ないが。だが、幸せな時間は、あっという間に過ぎ去った。
二人は、校門に差し掛かると、亮平は一気に、現実に引き戻された。
亮平の顔は何か恐ろしいものを見たように硬直した。
校門の前に、黒い服を着た佐々木が立っていた。
「ごめん!ちょっと用事思い出したから、先バス乗っててくれる?」
亮平は彼女に一言詫びを入れ、彼女と別れると、亮平は佐々木の方へ神妙な面持ちで歩いて行った。
そして、亮平が話しかけようと口を開きかけたとき、佐々木はそれを遮るかのように訊いてきた。
「気分はどう?」
亮平は少し考えるような仕草を見せてから言った。
「不思議な気分だ。別の次元に来たような気がする」
「あながち間違いじゃないわ。もう一度同じ時間を生きてるんだから」
すると、佐々木はポケットから車のキーを取り出して言った。
「家まで送っていくわ」
駐車場に着くと、佐々木は黒い小型車の前で立ち止まり、ドアを開けた。
亮平は、助手席に乗ると、シートベルトをする。
佐々木はそれを横目でチラリと確認すると車を走らせた。
駐車場を出ると、亮平が口を開いた。
「時間を巻き戻して体育館で目覚めたとき、ヘルメットがなかったんだ。逆行中に取れちゃったのかな」
「あのヘルメットは巻き戻しが完了したら自然消滅するのよ」
「どゆこと?」
「そうプログラムされてるの。一回限りの時間の巻き戻ししか出来ないように」
「そんなことできんの」
亮平は感心したように言った。しかし、あることに気付いて顔を曇らせる。
「でもさ、時間の逆行が出来るのは二回だけって言っただろ?もう一度時間を巻き戻すとしたら、ヘルメットがなかったら記憶を失うじゃないか」
「大丈夫。あと二個ヘルメットは残ってるから」
「残ってるって、一体それ誰が作ってるんだよ。仕組みが全く分からないんだけど」
「言う時じゃないのよ。今は知らない方が良い」
これ以上、佐々木から何かを聞き出そうとしても無駄だと言うことを亮平は悟った。
頭の中で思考を巡らせた。よくよく考えてみればありえない話だ。
自殺しようとしたとき、突如カウンセラーが現れ、亮平の自殺を止めた。そして、彼女を救えるかもしれないと言い出し、時間を巻き戻すことになった。それで今、あの時から一年前にいて、カウンセラーと車の中にいる。
いったい何が起こっているのだろう。自分にとっては確かに彼女と再会できたのは嬉しいことであるが、何とも言えない不思議な気分である。
ここは現実なのだろうか。何か秘密を隠しているこのカウンセラーも怪しい。
だが、なぜか佐々木の事を疑いつつも、信用してしまっている自分がいる。佐々木の事を見知らぬ人とは思えないのだ。
信号が緑になり、車はまた走り出す。
「それで、彼女お命をどうやって救うか決めた?」
「そのことだけど、やっぱり俺は事件そのものを止めるべきだと思うんだ」
「ダメ」
佐々木は即答した。亮平は苛立ちを覚える。
「なら、俺はその人たちを見殺しにしろっていうの?」
「じゃあ訊くけど、あなたは彼女を救うついでに戦後最大のテロ事件を防ぐっていうの?しかも、私たち二人だけで。それに犯人グループは一年たっても、未だに見つかっていない。何の手掛かりもなしよ。犯人もわからず、あなたは2000人以上の人を救えるわけ?」
亮平は、憤りを感じて、少し声を荒げた。
「でも、可能性があるならそれにかけるべきだ!自分の彼女だけが助かるなんてことはしたくない!」
すると佐々木も声を荒げる。
「あなたは何のために一年前まで時間を戻したの?それは彼女の為でしょ?ほかの人たちの命の為じゃない。あなたの言ってることももちろんわかる!でも、助かる命が増える毎に彼女の助かる確率は減るのよ!」
亮平も反論する。
「そうはさせない!」
「なら、具体的な考えはあるの?」
亮平は痛いところを突かれたように黙りこくった。
佐々木は落ち着いた口調で諭すように
「巻き戻し前に、あなたはちゃんとそれについて了承したはずよ。これはあなたを守るために言っているの。もともと、時間を巻き戻したのは、すべてあなたを守るための事なんだから」
亮平はさっきから気になっていたことについて言及する。
「俺を守る?どういうこと?オレを守って先生に何のメリットがあんの?」
「それは・・・・・・」
佐々木は言葉を濁した。亮平は詰め寄る。
「先生は誰なの?」
「いうべき時じゃない。」
「さっきからそればっかり。一体その時っていうのはいつなんだよ」
佐々木は亮平の方を向いて言った。
「すべてが終わってからよ」
亮平はため息をつくと、シートにぐったりと座り、佐々木と視線を合わさないように窓の景色をじっと見ている。
佐々木の言っていることは頭ではちゃんと分かっている。自分はそれについて了承したはずだ。正義感を捨て、自分の彼女を救いたいという欲にはしった。だが、いざその問題がまた自分の前に提起されると、やはりこのままではいけないような気がするのだ。
やがて亮平は口を開く。
「俺は確かに悠衣を救うために時間を巻き戻した。でも、悠衣を救うだけじゃ何も変わらないと思うんだよ。結局、俺が自殺せずに済んだと言うだけになる。他の人たちの運命は変わらない。逆行のルールは重要だと思うよ。でも、俺は、俺みたいになる人がまたでてきてほしくない」
佐々木は何も言わなかった。ただ、悲しそうに亮平を見た。
亮平は、目に涙が溜まっている彼女を見て、ひどく自分の心が痛くなっているのに気付いた。そして、亮平は気づかない間に折れてしまっていた。
「わかった。言うとおりにするよ。要するに、悠衣を京都に誘わなければ、悠衣が死ぬことはなかった。だから、悠衣をあの日にデートに誘いさえしなければ、悠衣は助かる」
佐々木は目をこすると、ゆっくりと頷いた。亮平は車を降りると
「家、もう近いから歩いて帰るよ」
そして、車のドアを閉め、歩道を歩いて行った。
佐々木はその亮平の後ろ姿をしばらく見つめ、やがて車を走らせた。
亮平は歩きながら、ふと空を見ると、陽は暮れかけ、空は赤く火照っていた。
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