診察
「大丈夫?」
佐々木は亮平が診察室に入ってきた途端、そう訊いた。
明らかに、亮平の表情は誰から見ても、暗かった。顔に生気が全く見られないのだ。
意思がなく、体だけが勝手に動いていっている、というような感じだった。
しかし、亮平は不気味な笑いを浮かべて、「ええ、大丈夫ですよ。」と言った。
佐々木は笑い返さない。
「何かあったの?」
「何も」
即答した。
「ってか、何かあるからここに来てるのか」
亮平は笑い声をあげる。佐々木は無視して訊いた。
「調子は?」
「んー。特に異常は見られなーい。いや、あるとすれば、喉がとても渇いてます。水くれない?」
佐々木は無言で椅子を動かして、サーバーから紙コップに水を入れ、亮平に手渡した。
亮平はそれをゴクリと一気に飲み干した。
「あ、もう元気になった」
「本当に?」
佐々木が疑わしそうに尋ねた。
すると、「どうかなー」と亮平はとぼけ始めた。
「真面目に答えて」
佐々木は真顔で亮平に言う。少し、眉間に皺が寄っている。
亮平ははいはい、とうっとうしそうに頷き、「本当に何もないって。でも気分は乗ってる。ここら辺、虫多くない?」と急に手を払いだした。
「虫なんか飛んでないわ」
佐々木はそう言って、マウスを動かし、パソコンに何やら打ち込み始めた。
そして、椅子を動かして、固定電話を取ると、番号を打ち込んで誰かと話し始めた。
しばらくして、佐々木は電話を終えると、言った。
「ごめんね。今から別の医師が診察に来てくれるから、待ってて。今から出張に行かないといけないの」
亮平は少し困惑した顔を浮かべたが、「いいっすよ。お疲れ様でーす」と手を振った。
佐々木は、軽く笑い、診察室を出ていく。そして、入れ替わりに別の医師が入ってきた。
亮平は、家に帰ると、ベッドの下を確認して、目を見開いた。
ない。
亮平は机の引き出しの中も必死で漁った。首筋から、冷や汗が流れている。
だが、ないのだ。母が気付いたのか。いや、そんなはずはない。
その後、一時間ほど亮平は部屋中を隈なく探したが、見つけることはできなかった。
すると、亮平は大きくため息をつき、諦め、ベッドに寝転がった。
もうどうでもいい。そんな様子だった。
そして、あの日のことを思い出した。
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