哀しみ

亮平は、自分の部屋で、ずっと夢うつつの状態に陥っていた。

昨日の朝の温かい記憶。あれは、もうずいぶん昔の事のように思える。

あの彼女とのぬくもりはもう感じられない。亮平には、まだ信じられなかった。

ひょっとしたら、どこかでまだ生きているのかもしれない。棺の中から、死体が

生き返る、という話を聞いたことがある。そんな風にどこかにまだ、希望を持っていた。

しかし、頭でそう考えつつも、その希望は虚しい、というのは亮平が一番よくわかっている。

だが、24時間前には彼女はまだ生きていたのだ。自分のそばにいて。

亮平は、哀しみの後から、深い自責の念に取りつかれていた。

あの時、デートに誘わなければ、彼女は死ななかった。

ちょっとした遠出なんか言い出さなければよかったのだ。

いつもの通り、映画館や、遊園地に行ったりでよかった。

彼女と、過ごせればただそれだけでよかったのだ。だが、欲張ってしまった。

すると、兄がノックをして、入ってきた。

「いま、向こうの親御さんから電話がかかってきた。葬儀は明日、執り行うらしい」

亮平には聞こえない。聞かないようにした、というのが正解かもしれない。

「聞こえてんのか」と兄が亮平の肩をたたきながら、少し、声を荒げて聞く。

すると、亮平は兄の方を振り返って、亮平の中でプツンと何かが切れ、怒鳴った。

「ああ!ちゃんと聞いてるよ!葬儀だろ、オレは行かないよ!」

兄はそれを聞いて眉をひそめた。

「行かないだと?お前の彼女だったんだろ?ちゃんと別れを告げるのが筋って

ものじゃないのか」

亮平は、立ち上がって、突然、兄の胸倉をつかみ、

「なら、葬儀に行けば彼女は生き返るのか!?いや、生き返らない!そんなのは誰だってわかる!なら、何のために行く?無様に目の前で彼女を死に追いやってしまったこの

張本人が、のこのこと葬儀に出るっていうのか!?俺が彼女を殺したのも同然なんだぞ!」

亮平は、一気にまくし立てたので、少し息を荒げながら、涙を流した。

兄は、そんな弟を見ながら、かける言葉が見つからず、ゆっくりと亮平のつかんでいた腕を離し、「わかった。向こうの親には俺から話しておく。俺が代わりに葬儀に行ってくるよ。」

そういって、兄は部屋から立ち去ろうとした。だが、ドアノブを回して、出て行こうとしたとき、少し後ろを振り向いて言った。その顔は、同情の色を浮かべていた。

「亮平。今はつらいかもしれないが、前に進まなければいけない時が来る。俺も子供の頃、その悲しみを味わった。だが、今、こうして生きている。お前は、彼女の分までも、彼女がこの先、生きるはずだった未来を、これからの人生を生きていくんだ。死ぬのは人生の終わりじゃない。進歩なんだよ。彼女はまた新しい未来に進んでいっただけなんだ」

そういって、兄は部屋から出て行った。亮平は、椅子にまた座り、ただ天井を見つめながら、呆然としている。今の亮平には、兄の言葉は綺麗ごとにしか聞こえなかった。


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