清水寺へ
五月四日、午前六時。亮平は橿原神宮前駅にいた。
これから彼女とデートなのだ。
少し張りきりすぎて、眠れなかったのか、亮平は大きなあくびをしながら、待合室のベンチに腰かけていた。
季節は夏への到来を待ち、春は終わりを迎えようとしているが、朝とあって、肌寒い。亮平は、バッグから、コートを取り出し、着ると、辺りを見渡した。駅構内はゴールデンウィーク初日ということで、朝早くから、観光に行こうとしていると思われる、スーツケースを持った人たちが多数見受けられる。
亮平は、そんな周りの人たちを見ながら、恋人の事を考えていた。
奈良の中学・高校一貫の私立学校に通っている亮平は、中学の時に彼女と知り合った。
当時の亮平というのは、簡単に言えば、陽キャで、目立ちたがり屋だった。
亮平のクラスでの立ち位置は、お笑い担当だったのだろうが、よく友達にいじられていた。しかし、そのいじられ方はどんどん悪い方に傾いていく。友達との遊びに誘われることは少なくなったし、担任の教師からも、授業中に面白いことを言おうとした亮平に真面目に怒ってきた。そして、担任教師は亮平の事を気に入らなかったのか、ネチネチと亮平の短
所を生徒たちの前で話した。
だんだんと、亮平もそんな自分に疲れていく。
バスケもうまくできない、いつも好きな人には彼氏ができる、旅行の班決めでは常に仲間外れにされる。辛いことばかりだった。というか、良かったところがなかった。
何も、好きで笑いを取ろうとしているわけではないのだ。ただ、自分という人間を見てほしかった。それだけだったのだ。しかし、周りの人たちは、そんな亮平の心に気付かない。気づいても、何か行動を起こしてくれるわけはもちろんなかったが。
自分は鉄の心を持っているとでも思われていたのであろう。いやなことを言われても、
笑ってごまかす。内心、深く傷ついても、言葉には出さない。
疲れた。すべてに疲れたのだ。しかし、中2の冬ぐらいになって、亮平は何とか皆の亮平に対する評価をだんだんと変えていくことが出来た。親友と呼べる存在も、出来た。
相変わらず、好きな人には彼氏がいたのだが。
しかし、何かが自分の中で足りないままだった。それは、彼女の存在だったのだろうと、今では思う。
もともとは、ただの友達で、あまり学校でも話すことはなく、ラインで話したことも
なかった。接点もこれといってなく、お互いの事もあまり知らなかった。
ただ、クラスはずっと一緒、という認識だけであった。
また、話す機会などなく、彼女も男子とあまり接さなかったので、彼女はいつも女子のグループの輪の中に入っていた。
しかし、中学三年生の時、引っ越しで彼女の最寄り駅が、自分の駅の一駅後の岡寺に変わったことから、時々、部活帰りにお互い、友達がいなかったときに、話すようになった。
話していくうちに、亮平の価値観と、彼女の価値観が一緒で、友達の事や、恋愛相談までお互いするようになった。次第に二人は打ち解けていく。
だが、学校では、二人でしゃべることはなかった。
亮平は、二人の時間を取られたくはなく、見られたくもなかった。ただ、彼女だけと
大切な時間を過ごしたかった。そんな時間を過ごしていくうちに、それは恋へと自然に発展していった。
しかし、亮平が彼女のことを好きになったときには、彼女はすでに、他の男と付き合っていた。
無論、妬いた。妬いたが、不思議と悲しみはなかった。
彼女と別の男の交際関係はあっても、普段通り、亮平は彼女と帰りの電車で、二人の
時間を過ごせていたからだ。それだけで十分だった。
彼女はどうだったのだろうか。ただの友達として、彼女は亮平と接していたのだろうか。
女子の恋愛観というのは難しい。彼女がどういう態度を見せれば、それは「脈あり」だと言えるのだろうか。そして、中学の恋愛というのもわからない。
彼女は1カ月で、別れた。何でも、彼女の方からふったらしい。なぜ別れたのかは彼女には訊かなかった。無論気にはなったが、そのことを訊いて彼女に嫌われてしまったら、と思うとしり込みしたのだ。
また、彼女と、前の彼氏とのことや、恋愛話について一切話すことはなくなった。
しばらくして、夏休みに、映画館で偶然会った際に、亮平は彼女に告白した。
彼女は、照れながら、無言でうなずき、手を振って帰った。
それから二年目になる。
これまで、デートは4,5回言ってきたが、「来年には大学受験だから最後に楽しんでおこうと」ということで、二人にとって初めてのプチ日帰り旅行をすることになったのだ。
しばらくして、京都行の電車が来ると、亮平は三両目に乗った。
それから、次の駅で彼女が乗ってくるのを心待ちにしていた。また大きなあくびをしながら亮平は立ちつつ、電車のドアにもたれかかった。
「岡寺、岡寺です」
駅員のアナウンスが流れ、亮平がもたれかかっていた反対側のドアが開く。
すると、周りを見渡し、彼女を見つけると、亮平の眠気は一気に覚めた。
「おはよう!」
亮平が声をかけると、グレーのジャージを被った清楚そうな黒髪の彼女は
「おはよう!」と温かい微笑をした。
亮平は座ろう、と彼女に促して二人は席に座った。亮平は彼女が傍にいるだけでうれしく、照れ隠しに周りを見回した。
「結構人いるよな」
「ゴールデンウィークだからねー」
向いの席で、子供が大きなあくびをしているのを見て、彼女は微笑ましそうに笑った。
そんな彼女を、亮平は今にも抱きしめそうになるのを必死でこらえた。すると彼女は
「昨日ちゃんと寝れた?顔色悪いよ」と心配そうに聞いてくる。
亮平は「はりきりすぎた・・・・・・」と苦笑した。
彼女は、それを聞いて、笑みをこぼし、最後に
「わたしも」
と答えた。
その後、亮平は色々と彼女と話をしたかったが、観光客やら何やらと人がごった返し、乗車中は話すことがままならなかった。
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