LOCUS
@satoyaukita
一章
ずっと、特別な人間になりたいと思っていた。
普通の人間とは違う、何かに。
だが、自分には何の特技もなかった。勉強がそこそこ出来ていても、東大のような大学に行けるようなレベルでもなかった。スポーツも、バスケを3年間やっていたが、至って良い結果も残せず、コーチに才能がないと言われて、自暴自棄になって辞めてしまった。自分の価値とはそんなものかと。自分の人生に、何かが物足りなかった。
学生とは気楽なものかもしれない。ただ、勉強を頑張れば良いのだから。
だが、もっとその先を見たら、自分には輝かしい未来が待っているのか。
何とも言えない不充足感。人生に刺激がほしい、例えば映画のような体験を。
だが、そんな体験ができるのは、結局のところ、選ばれし者たちなのだろう。
神様は残酷だ。
自分には才能がない。そんなことは分かっている。自分は、ずっとそうやって悲観に暮れていた。それでもいい。自分は選ばれし者ではないのだから。
自分はそう、いわゆるはずれくじを引いた男なのだ。
午前八時、目覚ましの音で、佐藤は起きると、眠そうにしながら、洗面所で歯を磨こうとした。
歯磨きを取り、鏡で自分の顔を見たとき、ふと眠っていた昨日の記憶が、少しぼんやりと、呼び起こされた。しかし、それは佐藤には受け入れがたいものだった。内心、夢だろうと高をくくっていた。不幸な夢物語だった、と。
本当であれば、出来すぎた夢だったな、ということで、後味の悪い一日を過ごすだけで
留まっていたはずだっただろう。それでよかった。それが、よかった。
だが、現実はそう甘くはなかった。佐藤の中で、眠っていた記憶の断片がつなぎ合わされ、それは一つのパズルとして組み合わされかけていた。だが、佐藤の頭は追いつかない。まだ信じられなかった。
階段を下りて、一階のリビングに行くと、母はいつも通りの顔で、朝ご飯の準備をしている。
やはり、夢だったのだ。でないと、こんな映画みたいな経験を現実でするはずがない。
しかし、その希望は、何気につけたテレビによって、打ち砕かれた。
パズルが組み合わさった。
テレビからは、ゴールデンウィークが始まったばかりとは思えない、キャスターの重苦しい声が聞こえる。だが、佐藤はそのキャスターを気にも留めず、ただ食い入りながら、ニュースを見ていた。
「えー、ただいま速報が入りました。昨日、京都の清水寺で起きた、爆破事件、ならびに連続通り魔事件において、軽症者数は1080人、重傷者数は580人、死者数は420人と警視庁から発表がありました。これは戦後最大のテロ事件であり、犯人グループは未だ捕まっておりません」
兄は、風呂から上がってくると、ニュースを見て、すぐに心配そうに弟の背中をさすった。
「大丈夫か?」と、兄が聞くも、弟の耳には恐らく届いていないだろう。妹は、ソファでそのニュースをつまらなそうに寝ころびながら見ていた。
人生の終わりというのは、あまりにもはかない。
何気ない一日を過ごすつもりだった今日という一日が突如、地獄に変わり、終わる。
人生というのは、やり直しがきかない。もはや、起きてしまった事実は変わらないのだ、
と言いたいところだが、もし可能だとしたら。
不可能が現実に変わるとき、運命は変わるのだろうか。
過程が崩れれば、結果は変わる。重要なのはそこに至るまでのプロセス。
本当にそうなのか。
とにもかくにも、昨日、佐藤亮平は、恋人を失った。
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