第11話.魔力酔い
「両親と暮らしてるんですか?」
「私1人だけよ。両親はまた別の街で暮らしてるわ」
と言う事は1人暮らしか……見たところ俺よりも年齢が低そうに見えるのに凄いな。
「別に、普通よ」
そう言ってフレイさんはドアに手を掛け何かを唱えた後ドアを引く。
どうやら口に出してしまっていたようだ。お世辞に聞こえてしまったなら申し訳ない。
「ほら、アンタも入りなさい」
「あ、あぁ、ありがとうございます……」
両親が居ない……男と女同じ家の中で2人きりだと考えるとどうしても緊張してしまう。
『今のブラザーは女だぞ?』
そういう事じゃない! なんかこう……危ないだろ!
『別に俺は気にしなくてもいいと思うがな』
元々俺は男なんだ! 気にして当たり前だろ!
そんな事を神様に言い放ってから、覚悟を決めて家の中にお邪魔する。と、何かの花の様な匂いが俺の花をくすぐって来た。薔薇に似ているがそれよりかは薄く、爽やかな匂いがする。
そんな女の子の家、という緊張感を覚えながらも、玄関で靴を脱いで家に上がった。
「……なんで靴を脱ぐの?」
「えっ」
そんな自然な行動をフレイさんに指摘され、俺は思わず声を出してしまった。
こ、この世界では靴脱がないの? それが普通なのか?
『ブラザーの世界でも靴を脱がない国はあっただろ? 寝る時と風呂の時以外は基本身に着けてる』
そういう事を事前に教えてくれよ! もう靴脱いじゃったしそこツッコまれたんだけど!?
「は、はは……なんでだろうなぁ……」
記憶喪失、という設定なのに靴を脱ぐという失態をカバーするために無理やり笑って誤魔化してみる。
「……変なの」
もう言い訳は無理だとはんば諦めていた俺だったが、特になんの詮索もなく、フレイさんはキッチンらしき場所へと向かってゴソゴソとなにかし始める。
「ちょっとだけ散らかってるけど気にしないで。今からお湯沸かしてくるから、適当にくつろいでおいてちょうだい」
「あ、ありがとうございます」
何をどうやったのかは分からないが、温かいココアを持ってテーブルに置いてくれる。俺はそのココアが置かれたテーブルに椅子を引いて座ると、一口だけ貰った。
「お、美味しい……」
「ふん、当たり前よ」
そう言葉では言っても、なんだか満足げな表情を浮かべるフレイさんは、鼻歌を歌いながら別の部屋へと向かっていく。お風呂を沸かすと言っていたので、恐らくその準備をしに行ったんだろうか。
そんな事を考えながらココアをすすり、周りを見渡してみる。
フレイさんは散らかっている、と言うが、俺が見る限りだいぶ綺麗な方だと思う。床の掃除等はもちろんだが、よく見ると、文字が読めない俺でも本棚がキレイに整理されていることが見て取れる。
なんてことを考えているとフレイさんが奥の廊下からひょっこり顔だけ出してこちらを見てきた。
「私から入るから適当にくつろいでてちょうだい。何か盗んだりしたら殺すから」
最後にキッと蛇の如く睨みつけ、また姿を消す。
俺は苦笑しながらまたココアを1口。
盗むなんてとんでもない。スライムにすら風穴を開けられる可能性がある俺にがそんな命知らずのことをするわけがない。
またココアをズズっとすする。
……にしても本当に美味しい。ココアの味は日本と比べて変わらない気がするのに、何故か妙に中毒性があるというか。
ズズズっ。
うん、美味い。
『ひひっ、そんなに飲んだら酔っちまうぞ?』
酔う? ココアで?
神様の言葉に首を傾げた俺は、そこで初めて自身の違和感に気付く。
「あー……何か……ポカポカするー……」
顔が温かい。両手を頬に当てると、かじかんでいた手がじんわりと解れていくのが分かる。
他にも身体もポカポカしている気がする。頭もぼーっとして思考もポワポワした感じにしか働かせることしか出来なくなってくる。
『遅かったか。ひひっ、まぁこの程度なら特に身体に害があるって訳でもないし大丈夫だ』
「な、なんなのこれー……」
「よっ……と。ブラザーが今なってる状態は『魔力酔い』って奴だ」
いつも通り光球となって現れた神様は、フヨフヨと宙を泳ぎながら説明を始めてくれる。
「アルコールとの酔いに似ているが、明らかに違う点が2つ。まず1つ目は依存性。魔力酔いが起きるととにかく身体に魔力を摂取しくなる」
「ふ、2つめわぁ〜?」
「ブラザー自身も感じてるだろ? 性的興奮を覚える」
つまりはび、媚薬じゃないか……! ていうかそんな危ないもの飲ませるってフレイさん危なくね!?
『この世界はインフレを起こしてる。魔力がミジンコのブラザーにとっては木の身ですら膨大な魔力になるって事は……わかるよな?』
わ、分かったけど……! 分かるけどムズムズして落ち着かねぇよ……! と、トイレ……! トイレ行きたい! 漏れる……って!!
「そういえばまだトイレに行ってなかったか。トイレは廊下を進んで左だ」
「にゃ、にゃんでお前がしってんだよ……!」
そんな事よりも今は早くトイレに行かないと……! 人の家で漏らすだなんてそんなコト……駄目だ! 絶対に!
「ふぅー……」
「んぁっ──じゃない耳に息吹きかけんのやめろぉッ!!」
「ひひっ、心身共に女になった気分はどうだ? 悪くないだろ?」
「そんな事を感じてる余裕無いって……! もうホント……! 何というかムズムズして落ち着かないんだよ!!」
例えるとするならば、くすぐりをやられているようなやられていないような、そんな中途半端に焦らされている感覚。それに加え込み上げてくる尿意。
俺は席から立ち上がろうと脚に力を入れ──床に倒れ込んでしまう。
「あ、脚に力が……ん……っ……くそ……」
上手く足腰に力が入らず立ち上がる事ができない。そして立ち上がろうとする度に胸に服が擦れ、腕の力さえも持っていかれてしまう。
「ふぅー…………ふぅー……んグッ…………」
何かが太ももを垂れる感触を味わいながらも、俺は何とかしてトイレに向かおうとする。が、その距離はどれだけ頑張っても縮まる事はなく、襲い掛かるムズムズ感を駆り立てるのみであった。
「無駄だブラザー。今の身体は全身が性感帯みたいなもんだ。力を入れたら快感が襲う。それが嫌なら我慢して全身の力を抜く事だな」
「でき……ねぇよ……! トイレに……行きたいんだって……!」
「でもそれ以上動くと更に悲惨な事になるぞ?」
「漏らすのも悲惨な事だろ……ぉ……!?」
とは言っても、もう身体に力が入る事はなかったので動く事は叶わなかったのだが。
それでもやはり身体のムズムズ感は止まらない。そのムズムズ感が強くなる度に込み上げてくる尿意も勢いを増していくので、トイレに行って用を足しさえすればこのムズムズ感も収まるはずなのだ。
「はぁーあ……もう好きにしろ。怒られても知らないからな?」
「言われ……にゃくても……!」
俺は最後の力を振り絞り、何とかして体勢を起こす。腕もプルプルと震えているが、それでも何とか上体だけは起こすことが叶った。
──後は脚だけだ。
そうやって脚の皿部分を床に当て、思い切り脚に力を入れ、テーブルの足を掴んだ手も思い切り力を込めて俺は何とか立ち上がることに──
ツルッ、と、そんな擬音が聞こえてきそうな程キレイに俺はひっくり返り、視界が天井を映し出す。
さっきまでは無かったはずの水溜りに足を滑らせたのだと気が付いた瞬間、俺の股部分がテーブルの足に勢い良く当たり、俺は解放感と共に意識を飛ばすのであった。
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