第10話.再会
少し休憩した後にまた観光を再開した俺と神様だったが、日も暮れ、夜になると流石に人通りも少なくなる。店は閉まり、これといった観光も出来なくなってしまったので、俺はまた噴水広場へと帰ってきていた。
夜の噴水広場には人が誰もいなかった。あるのは街灯だけで、それに照らされる噴水は夕陽が当たっていたあの時とはまた違った表情を見せていた。
「ひひっ、今日は初めての事だらけで疲れただろ? ゆっくり寝て明日に備えるんだな」
優しく語り掛けてくれる神様。だがその優しさを感じられるほど俺は全く余裕がなく、眠いなんてどころではなかった。
「さ、寒い……一気に冷え込みすぎだろ……!?」
とにかく寒かった。長袖1枚というのも原因の1つなんだろうが、それよりもこの世界の気温の変化がとにかく酷く、今は真冬並みの寒さとなっていた。
「あぁ言ってなかったか。ここには四季なんて存在しない。寒くなるときは寒くなるし、暖かいときは暖かくなる。だからこんな感じで夜に一気に冷え込んだりすることもあるんだよ。まぁ、ここらでは夜はいつもこのくらいの寒さだがな、ひひっ」
「ひひっ、とか言ってる場合じゃないって……! このままじゃ眠れないし本当に凍え死ぬから……!!」
「そう言われてもオレ様には何もできない。風が当たらない場所に行ったらちょっとはマシになるんじゃないか?」
風の当たらない場所……路地裏とかか……?
「路地裏は風の通り道になってることが多い。逆に風が当たって寒いと思うぞ?」
「まじかよ……建物とか何か遮蔽物を使って凌ぐしかないのか……!」
そんなことを考えながらくたくたの身体を起こし、何とか遮蔽物を求めて歩き出す――その時だった。
「――あれアンタ、朝のスライム女じゃない。こんな時間にこんな場所で一体なにしてるのよ」
聞き覚えのある声が背後から聞こえてきたのだ。それは少し幼い声の割に棘のある言い方で、朝のスライム女、という言葉から俺の脳内には1人の女性が浮かび上がっていた。
俺は振り向くと、予想通りそこにはフレイさんが立っていた。赤のベースに黒縁のフードが付いているローブ。フードに関しては被っていないが今回は魔女っぽい頭とつばの広い帽子を付けていた。燃えるように赤い髪は冷気を帯びた風に抗うかのように揺れ、赤い瞳が俺を貫いてくる。
「え、えっと……実は――」
俺は絶対に怒られると思いながらもフレイさんにここで寝ようとしていたことを説明すると、フレイさんは一瞬目を点にさせてから、「ばっかじゃないの!?」と結構ガチめにお叱りを受けた。
「この寒さの中でそんな薄着で寝るなんてアンタ死にたいわけ!?」
「で、でも……泊まるだけのお金が無くて……」
「どれだけ金欠なのよ! そんな状態で街に来るなんてほんっとうに馬鹿ねアンタ!!」
いや、マジで返す言葉もございません……。
『ひひっ、年下に怒られる気分はどうだ?』
「良くはないけど、きっとこういう人がいいお嫁さんになるんだなぁって思ったら……」
「は、はぁー!? きゅ、急に何よ!! 別に私とアーサーはそんな関係じゃないしッ!!」
しまった。さっきと同じようなノリで言葉に出してしまった。そう言えば神様の言葉は俺以外には聞こえないんだったよな。
しかも俺の言葉を聞かれてしまったせいでフレイさんは顔を真っ赤にしながら自爆してるし。
……聞かなかったことにしておこう。
「こほん……それで? アンタ誰かここに知り合いとかいないわけ?」
「居たらもうそこに行ってます……」
「ならなんでこの街に──あ、そう言えば記憶喪失とか言ってたっけ……。嘘だと思ってたけどまさか本当だったの……?」
あ、そう言えばそんな設定にしてたっけ……危ない危ない。完全にその設定を忘れていた。
俺は頷くと、額に手を当て、やれやれと呆れたと言わんばかりに首を振るフレイさん。一応俺は愛想笑いをしてみると、キッと蛇のように睨んできたのですぐに顔を引き締める。するとフレイさんはすぐに顔を緩めて大きくため息を付いた。
「仕方ないわね……私に付いてきなさい。アンタと違って私はクエスト帰りで疲れてるのよ。早く寝たいし、歩きながら話すわよ」
「は、はい」
そう言って歩き出したフレイさんに俺は後ろから付いていく。並んで歩いたらまた睨まれそうだし。
「それで、あんたは一体この街で何してたの?」
「え、えっとー……冒険者になってました……?」
「……うそ……」
俺がそう言った途端にフレイさんは立ち止まり、有り得ないと言わんばかりの顔で振り向いてきた。
それは馬鹿にしているというよりかは、何処か心配してる様な言い方であった。フレイさんは首を振ってまた歩き出す。
「悪い事は言わないわ、辞めたほうがいい。アンタじゃかえって他人に迷惑を掛けることになるわよ――なんて言っても、アンタは冒険者を辞めなさそうだけど?」
そうやって悪戯っぽく鼻で笑うフレイさん。
……見ていないようでよく見ている。俺が自分の言葉程度で動く人間ではないと朝のあの短時間のうちに見抜いていたようだ。
俺にとって死活問題。冒険者にならなければそもそもスタートラインにすら立てていない状態である。それなのに辞めろというのは俺に『死ね』と言っているようなもので、もちろん俺の回答はノーになる。
どことなくそんなオーラが出ていたんだろうか。
『ひひっ、洞察力が高いのは悪いことじゃない。少なくとも、何か問題を抱えているのを分かりながらもこうやって接してくれているわけだからな』
あぁ、冒険者ってのは本当に凄い。
『ま、今のブラザーを見てそう思わない方が異常だが。ひひっ』
そ、そうか……? そんなに俺って変な事してたりするか? もしかして格好とか……?
『全部だ』
「そうですか」
そう言われるとちょっと傷付くな……。なんか急に昼間の観光してる俺が恥ずかしくなってきたぞ……! たまに俺を見てくる奴がいると思ったらそういうことかよ……!
『別の理由もあると思うぞ?』
「なんだよそれ……」
神様のふざけた言葉を適当にあしらったりして暫く歩いていると、フレイさんはまた立ち止まって身体ごと俺の方へと向けてきた。
「着いたわよ。遠慮なんてしなくてもいいから、早く入りなさい」
そう言って入っていくのは1つの煉瓦造りの一軒家だった。他の家と比べても何ら劣っている部分は無い立派なものであった。
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