第9話.登録完了
あれから特になんの問題もなく冒険者登録の手続きが進んだ。あの騒ぎ──俺の中だけだが──が嘘みたいにスルスル進んでいくので少し怖く感じてしまう程だ。
「それでは説明は以上になります。何かご不明な点はございますか?」
「いえ、特にはありません」
流石にここまで来たら慣れるというもの。受け答えをスムーズに済ます。
「ではこちらの水晶に身分証をかざして貰えますでしょうか?」
「えっと……これは?」
「はい、こちらは貴方様の魔力を読み取り、そこからある法則に従って計算したステータスを冒険証に書き写す魔道具です。中には魔力が強すぎて魔道具が反応しなかったり、割れたりする人も居るのだとか。まあここ何十年そんな人は現れていませんが」
「へぇ……」
神様が普通に俺のステータスとかを見せてくれるから普通なものだと思っていたが、どうやら本当はこうやってステータスを確認するらしい。
『ひひっ、オレ様は神様だからな。凄いだろ?』
……こんな性格じゃなければもっと信仰できたんだろうけど。
『信仰なんて必要ない。オレ様に必要なのは深ーい愛だけだ』
「はいはい……」
そんな感じで神様の言葉を軽くいなしながら、俺は水晶に手をかざす。するとその水晶は青白く発光し、俺の最弱ステータスが──
「……あれ?」
「表示されません……ね……」
俺だけでなく受付嬢さんでさえ困惑の声が漏れる。
そもそも水晶が反応しない。青白く光るどころか更に色が透明に近くなった気さえする。
「ど、どうなっているんでしょうか……」
俺は試しに手を離し、また身分証をかざしてみる。
変化はない。ま、まさか本当に壊れたのか?
『いいやブラザー。忘れてないか? この世界は超が付くほどインフレした世界だ。ここの人間にとって雀の涙程度の魔力だったとしても、ブラザーにとっては膨大な魔力に感じるわけだ』
ははーん……? つまりあれか? 俺の魔力がこの世界にとって検知できないくらい低いって事か?
『そういう事だ。それにこの測定器は見たところ誤差も大きい。本当におおまかな数値しか出せない粗悪品がブラザーのミジンコ程度の魔力を感知できるわけがないだろ?』
まぁそういう感じだろうとは思ってたよ! くそぅ……!
「まさか壊れた……!?」
俺と神様のやり取りを知るはずもない受付嬢さんは水晶に身分証をかざした。すると俺の時とは違って水晶は淡い水中に差し込む光のように輝き、やがて収まる。
「こ……壊れてない……すみませんもう1度お願いできますか?」
も、もう1回か……また俺の弱さを認識させられるのか……。
なんて言っても受付嬢さんにはこれ以上迷惑をかけられない。俺は素直に水晶にまたかざすが、やはり変化することはなかった。
「反応しない……やはり貴方は――」
神妙な面持ちで俺のほうをじっと見る受付嬢さん。
やはり……? と考えていると、脳内で神様の笑いを堪えるようなぷすぷすとした音が響いてくる。
『ぶ、ブラザー。どうやらこの嬢さんはアンタを莫大な魔力を持つ人間だって思ってるみたいだぞ。ひひっ、本当は全くの逆だってのになっ!』
笑うな!!
『まぁいいじゃないか。時には笑い話だって必要だ。まぁ弱いって思われるよりかはいいんじゃないか? 弱いと冒険者に慣れない可能性も出てくるしな』
そ、そんなもんか? いやでも確かに弱いと思われるよりかはいいだろうけど……――強いと思われるのもそれはそれで面倒じゃないか? 何かを倒せって言われても俺スライムに勝てないんだぞ?
『そん時は知らんぷりしておけばいいさ。オレ様達の目的はあくまでも冒険者になること。クエストさえ受けられるようになればいいからな』
……それでも、それでもやっぱり嘘を付くのはダメなことだ。どんな些細な事でも、騙された時の気分は……よくないからな。
本当の事を言って……これまでのことを全部話して、それで納得して貰うというのはどうだろうか。
『……どうせ無駄だぞ?』
そんなのはやってみないと分からないだろ?
「あ、あの……実は俺――」
俺はこれまでのことについて話した。この世界に来たばかりで何も分からないこと。スライムにすら勝てないステータスの持ち主であること。そして、能力が『模倣』であること。俺がここに来てからの事を詳しく受付嬢さんに説明した。
すると受付嬢さんの表情が少しだけ緩くなったような気がした。
「その話が本当ならば、貴方は異世界から来た、ということになりますよね? 昔の勇者様のように、自分も異世界から来たと。ふふっ」
……なんでいま笑われたんだ? そんなにおかしいこと言ったかな俺。
「あ……す……すみません……ふふっ……」
俺の不思議そうな顔を見て察したのか言葉では謝る受付嬢さん。笑いが堪いきれていないのでふすふすと息が漏れている状態になっていた。
『当たり前だろ? コイツらにとっての異世界人は過去の英雄共が基準になる。魔王を倒した英雄。そんな異世界人が子どもでも倒せるスライム1つ倒せないなんて言われたら、冗談か、異世界から来た事が嘘かの2択になるのは目に見えてるだろ?』
俺が納得出来ずにいると神様がそう補足してくれたので、俺はすぐに嘘じゃない事を受付嬢さんに説明しようとするが──
「あ、あの……これは嘘じゃなくて……」
「い、いえ……はい……分かりました。ふふっ。心配なくても魔力の検知範囲外を超えていますので基準値を満たしている判定になります。検知できないほどの魔力をお持ちの貴方様なら大丈夫だとは思いますが、くれぐれも無理はしないでくださいね」
「あの――」
「では手続きはこれにて以上になります。ギルド証を発行いたしますので、また明日、夜の18時までに冒険者ギルドへとお越しください。それまではクエストを受けることが出来ませんのでご注意ください」
受付嬢さんは深くお辞儀をしてまた俺が来る前に行っていた書類整理へと戻る。俺はそうじゃないと何回も受付嬢さんに説明しようと試みるが、全部見事に笑顔で流されてしまった。
これ以上ここにいても仕方がないと判断した俺は冒険者ギルドを後にすると、溢れんばかりの人混みの中を目的も無く神様とともに彷徨っていた。
「ひひっ、そう考えこむなって。問題が起きたときにまた考えればいい。とにかく第一目標の冒険者登録が終わったのはでかいんだ。素直に喜んでおけブラザー」
慰めか励ましか神様はそう言ってくれるが、俺としてはやはり相手にされないのは精神に来るものがある。つい最近での地球での生活ではそれが当たり前だったはずなのに、こっちに来て真面な扱いを受けて地球での異常さに気づいてしまったからだろうか。古傷に触れられるような感覚を覚えてしまう。
「……忘れろとは言わない。だが、地球でのアンタは黒魔という”バグ”であり、今のアンタはクロマという”人間だ”。それを忘れんなよ」
いつにもまして真面目な事を言ってくれた神様は暫く無言で俺の前をぷかぷかと浮かんでいた。俺はその後姿を眺めながら息を大きく吸って、息を吐くと同時に邪念を吐き出す。
「ありがとな神様」
「ひひっ、どういたしましてだブラザー」
暫くの間無言で歩き続けた。会話も何もない何分間は長いようで短くて、何処か安心感を覚えた。
その後、俺は色々な建物やモノを見たりしてどんなものがあるのかを把握する為に街の観光をした。分からないものがある度に神様が丁寧に説明をしてくれるので、特に困ったことはなかった。
「――さて、と。そろそろブラザーもある程度どのマークがどういう店なのかってのは分かってきたんじゃないか?」
「あぁ、おかげでどこがどういうお店なのはわかるようになったよ。ありがとう」
長時間歩いたせいか足や腰が痛くなったので、座って休めるような場所を探している内に噴水広場にたどり着いた。そこには赤色の日差しが差し込んでいて、水面に反射して幻想的な景色を生み出している。
「よいしょっと……」
俺は石造りの噴水の縁に座ると、大きく背伸びをして体を伸ばした。
「んー……だいぶ歩いたから疲れたなぁー……」
「ひひっ、これでもまだ全部見きれていないんだぞ?」
「これでも……!? だいぶ広いな……」
「あぁ、ほかの街と比べてもこの街は大きめな場所だからな。それよりもだブラザー、大切なことを言い忘れていたんだが……」
大切な事……?
俺は首をかしげると、神様は言い辛そうに「あー……それは……」と言葉を探しているのか歯切れの悪い返しをしてきた。
「いいから言ってくれって」
暫くその状態で神様が固まってしまったのでサポートをしてみる。すると神様がぱっと明るく光り、俺の顔めがけて球体の身体を急接近させてきた。
「……怒らないか?」
「別に怒るような事なんてないだろ……」
呆れを含ませながら俺がそういうと、神様は嬉しそうにしながら「それなら」と言葉を続けた。
「宿をどうするかって話をしてなかったんだ! ギルド証も明日発行だし金も無いから何処にも泊まれないことを言ってなかった事にさっき気付いてな! ひひっ、適当な場所で適当に寝るか?」
…………神様のその言葉で俺もハッとする。
――確かにこの後の宿とか全く考えてなかったっ!
ということで、無一文な俺は幻想的な噴水広場で1人、泣く泣く野宿をすることを決めたのであった。
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