第5話.出会い
──ピキッ。
そんな音が聞こえたかと思うと、スライムがいきなり爆発してその体液らしきものを辺りにぶち撒けた。それは間近にいた俺に見事クリーンヒット。ねばねばした気持ち悪いスライムの破片が服に纏わりついてしまった。
よくアニメとかでサービスシーンだとかいってべとべと系の何かがが纏わりついたりしてるのを見たことあるけど……本人からしたら気持ち悪いしか感想が思い浮かばないな……。
「大丈夫? 立てるかい?」
優しそうな男の声に、俺は振り返って顔を確認する。
まぁ……俗に言うイケメンって奴だろう。金髪に青の瞳。何かの革でできた防具を身に着けていて、その片手には初めて見る格好いいシンプルな剣。いかにも冒険者って感じの人だった。
「あ、ありがとうございます……」
俺は頭を下げると、男の人はいえいえと手を左右に動かしながら遠慮気味に顔を上げるよう言ってきた。
そして顔を上げた俺の顔を見るなり首を傾げる。
「あれ……? 男……じゃないよね。もしかして女性? いやー……仕草とかからしててっきり男かと思ったよ……ごめんね」
ははは、と申し訳なさそうに笑う男。
別に俺は男なのでその認識で問題ないのだが、確かに見た目は女そのもの……というか女だもんな。女性として認識されるのは初めての経験だが……なかなか悪くないような気がする。
俺は未知の体験に新しい扉を開きかけていると、男と目線があった。そして男は何故か俺から視線を外してしまう。
俺はもちろん首を傾げる。
「いやー……それにしても何というか……その姿はちょっと……着替えたほうが良いんじゃないかな……?」
どういう事だろうか。今の俺の姿は白の長袖のシャツ一枚に少しダボダボなジーンズだ。別におかしい所は無いと思う……いやスライムが纏わりついているか。
「す、すみません。すぐ脱ぎますんで」
「うぇあ!?」
俺がシャツの裾を持って服を脱ごうとすると、男の人は慌てながら俺の腕を掴んで阻止してきた。
「ちょ、ちょちょっと! なんで脱ごうとしてるんだい!?」
「え? でもスライムの破片が……」
「そ、それもそうだけど……その……」
男が言い難そうに言葉に詰まっていると、その後ろから赤髪の女の子がひょこっと姿を現した。
……と思ったら、蛇が獲物を捉えるかの如く俺を睨み付けてくる。
「──アンタのその服よ! 何よそれ!! サイズが合ってないのかは知らないけど、む、胸が見えかけてるのよ!!」
「え……? 胸……?」
俺は顔を下に向ける。そこで理解した。
確かに言われてみれば、服のサイズが合っていない気がする。そう言えば俺の身体は女になるにあたって少し小柄になっていたんだったか。結果胸元付近の肌が露出してしまったのだろう。まぁこのシャツはよく着ていたものなので、首元付近が伸びていたのも関係しているのだろうが。
いや、今はそんなことどうでもいい。取り敢えず謝らなければ。
「すいません……」
ぺこりとまた頭を下げる。
すると、男の人が慌ててまた明後日の方向を向くのが視界の端に映った。そして慌てて俺の前に現れる赤髪の少女。
「な、なななな何してるのよ!! がっつり見えてるわよ!! アンタもしかしてわざとやってる!?」
あぁ、また胸か。便利だと思っていたが、まさかこういう場面で不便に感じるとは……。
「いやー……すいません……まだ慣れてなくて……」
「慣れるも何もないでしょうがッ!! アーサーもアーサーよ!! 何をそんなにデレデレしてんのよこのスケベ!!」
「え、えぇ……デレデレしてないって……あはは……」
アーサーと呼ばれた男は困ったように後頭部に手を置いて苦笑した。
「そ、それよりも、さっきは助けて下さりありがとうございました」
このままではまずいと、無理やりにでも話を切り替える。すると男は優しく笑い、大丈夫だよと返してくれた。
──あぁ、イケメンとはこんな人の事を言うのだろう。
「ふん、スライム如きにやられそうになるなんて、どれだけ弱いのよ。それなのにこんな場所にのほほんと立っているなんて、よっぽどのバカなのね」
「ちょ、ちょっとフレイ!!」
ふん、と顔を背ける赤髪の女性。アーサーさんは止めようとするが、聞く気はないようだ。
まぁ、若干棘のある言い方だが確かにそうだと俺も思う。いつもの地球に居た感覚でいたら、俺はすぐに死んでしまう。それこそスライムに軽く小突かれただけで死ぬレベルだ。いや冗談抜きで。流石に300倍は覆せないって。
「ははは……すいません。コイツ、俺以外にはなかなか当たりがキツくて……。それよりも、ここで何をしていたんですか? 見たところ冒険者じゃ無いみたいだけど……」
はい! 冒険者志望の異世界転生者です!!
なんて答えられる訳がない。口が裂けても言えない。子どもですら倒せるスライムに殺されかけているんだ。そんな事を言ったらバラエティ番組よろしく笑われるに決まってる。だからと言って何も答えなかったら怪しまれて面倒なことになりそうだ。ここは無難に北の国から来ました~とか適当に嘘を付くか……?
『ブラザー。ここで北の国って言ったら魔王城付近だぞ?』
唐突に聞こえてくる神様の声。あたりを見渡しても球体の姿は見えないので、姿を隠して俺に話しかけてきてるんだろう。
……ていうか、さらっと俺の心を読んでない? 声に出した覚えないんだけど……。
『あぁ、神様であるオレ様にかかればこのくらい朝飯前だ。それよりも答えるならこう言っとけ。私は記憶を無くしてるってな』
色々言いたいことはあるが……なるほど、記憶喪失ってことにすれば確かに変な模索はされずに済みそうだ。
「すいません、ちょっと記憶が曖昧で……自分の名前くらいなら分かるんですけど……」
「記憶喪失……か」
「ふん、嘘を付いてるんじゃないでしょうね!」
「ちょっとフレイ! さっきからこの方に失礼だろ!?」
ふん、と顔を明後日の方向に向けるフレイさんに対し、アーサーさんはなだめる様な叱るような、そんな微妙なラインでフレイさんに語り掛けていた。
『ひひっ、仲がいいなこいつら。だが好都合だ。このアーサーって男、ステータスも能力も平均以上だ。冒険者の中でも強い部類に入る奴だな』
へぇ、運がいい。つまり、この人たちに付いていくことが出来たら俺は街まで安心安全にたどり着けるって訳だ。
『あぁ。このフレイってやつも能力がイカレてやがる。完全に【当たり】だな』
「人のステータスで決めるのはちょっと気が引けるけど……今はそうも言ってられないしな……」
「――えっと、貴方の名前はなんて言うんですか?」
「え!? あ、あぁ名前か……」
てっきり今の言葉を聞かれたのかと思った……まじ心臓に悪い……。
「俺はクロマ。えっと……アーサーさんとフレイさんですよね」
「ははは……そうですね。こんな自己紹介になってしまって本当に申し訳ないです」
アーサーさんは頭をペコリと軽く下げると、フレイは不機嫌そうにまた鼻を鳴らして俺を睨んできた。
『完全に目の敵にされてるな。ひひっ、ブラザーも真似してみたら少しは女っぽくなれるんじゃないか?』
そんな事出来るかよ……ていうか、なんで俺はこんなにフレイさんに嫌われてるんだ……? 俺が警戒していなかったからってもこんなに怒るか? まるで玩具を取られた子どもみたいに睨んでくるけど……。
『それはあれだ、女心ってやつだ。察してやれよブラザー、アンタも女だろ?』
「女じゃねぇよ……いや女か……」
相変わらず腹が立つことを言ってくるなこの神様は。
「クロマ……クロマか。うん、いい名前だ。良ければ街まで送っていくけど付いてくるかい? 記憶がなかったら何かと不便だろうし、僕が色々と紹介するよ」
「ちょ、アーサー!? 本気で言ってる!? スライムなんかに殺されかけるような奴を連れて街に入ったら笑いものされるわよ!?」
「じゃあフレイはクロマさんをここで見捨てるっていうのかい? 戦う力が無いからこそ街まで連れていくべきだと僕は思うけどね」
「うぐぐ……!!」
あちゃ……。俺としては願ってもない話だけど、フレイさんが全く納得してない感じがする。このままついていけば俺がフレイさんに噛み殺されそうだ。
『でも付いていくんだろ?』
当たり前だ。ついていかないとスライムに殺されるだろ絶対。フレイさんには申し訳ないが、提案してきたのはアーサーさんの方からだ。十分に利用させてもらう。
「じゃ、じゃあ言葉に甘えて連れて行って貰おうかな」
「よし、決まりだ! ほら、フレイもいじけてないで早く行こうよ! 帰ったらご飯奢るからさ!」
そう言ってアーサーさんはフレイさんの頭に手を置いて優しく撫でた。
「し、しょうがないわね……」
へぇ……。頬を赤らめているところを見るとアーサーさんのことが好きなのかな。ならあれか、俺のことは2人のデートを邪魔した奴って感じでフレイさんの目には映ってるのか。
『ひひっ、やっぱり真似してみたらどうだ? オレ様もブラザーのそんな姿見てみたいしな』
「誰がやるかバカ……」
『おっ、今のもう1回頼む』
「嫌だ」
『頼むって! さっきのはすごく女っぽかったぞブラザー!』
「だから嫌なんだよ察しろ……!」
そんな感じのやり取りを続けながら、俺と神様、アーサーさんとフレイさんの4人で街へと向かうのであった。
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