第4話.スライム
「声を抑えろブラザー。バレたら瞬殺される」
「いやいや……」
なぜこの神はこんなにも冷静なのだ。いやそりゃそうか。この世界を作ったのはこの神様で、このインフレした状態を知っているから驚きもしないのは当たり前だ。
というか本当にどうする? 一番弱いスライムでこれだ。子どもですら倒す事が出来るモンスター。それが俺のステータスの何倍だ? 100? 200?
「パワーだけ見ると300倍はあるな」
300倍……それで安心しろと? まず勝てないだろう。チュートリアルが終わってラスボスに挑むようなものだ。いくら無謀なのかが分かる。
にしても、何がどうやったらこんなインフレが起きるのだろうか。そこらのインフレゲーでもここまでは酷くない。
「何でこうなったのか聞きたいって顔をしてるな。経緯を聞きたいか?」
神様の言葉に俺は頷くと、光は何故か嬉しそうにしながらふよふよと宙を浮いた。
「それはな、神と呼ばれる奴らがこの世界に送り込んだ人間達が原因だ。人間──もとい転生者に強い能力を渡して送り込み、魔王を倒す。その過程を見て楽しんでいたんだが……そいつが結婚し、子どもを産んだらびっくり仰天。基礎のステータスが高く、能力も少し変化して受け継がれていたんだ」
……何だか流れが見えてきた気がする。
「そいつ以外にも他にも何人か送り込んでいたから、瞬く間に強い子孫が産まれて、そしてその子どもがまた子孫を残して……その繰り返しだ。そのせいで世界のバランス維持のシステムが働き、モンスターも合わせて強くなってしまった」
「まじ……?」
「まじだ」
異世界転移した……なんて話はちらりとライトノベルで見た事があるが……これはどうやらその後の話のようだ。世界のシステムだとかはよく分からないが、ゲームで言うバランス調整でモンスターもそいつらに合わせてインフレさせてしまったと。
「まぁそう言う事で、冒険者はやめた方がいい。素直に商売で生きていくのはどうだ? ある程度の金なら用意できるが」
商売……か。確かに悪くないとは思うが、俺はコンビニのアルバイトとかスーパーのアルバイトくらいしかした事が無い。クレーム処理ならお手の物だが、知らない世界で、しかも最初から商売をするとなるとキツイかもしれない。
「もっと何かいい感じのやつはないのか?」
光にそう問いかけてみると、考えているのか光は明滅し、やがて左右に揺れた。
「無いな。どこの世界もそうだが、仕事ってのはつまり商売だ。誰かの下につくとしても、最初は荷物持ちだったりと力仕事だったりするから今のブラザーじゃ無理すぎる。圧倒的にステータスが足りない」
……たしかに。子どもでも勝てる最弱モンスターがこの始末だ。大人ならスライムの何倍もステータスが高いだろう。ならば、仕事の量も尋常では無いはず。
……いや、荷物持ちとかは出来なくても何とか街の掃除くらいなら出来るのでは……?
「街の掃除なんて魔法を使えば一瞬だ。子どもでも掃除をする魔法くらいは使えるが……ブラザーは使えるか?」
「ぐっ……使え……ないけど……」
「はぁ……だから能力は攻撃系にした方がいいってオレ様は言ったんだ。ちゃんと忠告はしてたからなオレ様は」
神様はほら見ろと言わんばかりの声色で話しながら、俺の周りを飛び回る。俺は苦笑すると、
「今から戻す事は……」
そう媚びた声で聞いてみた。それを聞いた光はピタリと止まる。
「出来るっちゃ出来るが、規約違反になるから無理だな。ただでさえブラザーを送ることや能力の受け渡しや性別の変更、バスト変更と言った規約違反をしてるってのに、これ以上無理しろと? さっきも言ったが、下手をしたらブラザーの
……らしい。というかバスト変更はお前が勝手にやったんだろうが! 望んでないし!
なんて言葉には出さないものの、なんか腹が立つ光の球を睨みつけてやる。
「そう睨むなブラザー。つまりは身勝手なデータの改ざんだからオレ様にももうどうすることもできないんだ。ハックっていえば分かりやすいか? 世界のバグが増える危険性があると規制されてる。ヒヒッ、またアンタみたいな奴が産まれたら大変だろ?」
なるほど……チートを使っている感覚か。勝手なデータの改ざんは許さんと。神様も意外と大変なのかもしれない。
「ていうか、こうやって話すのは大丈夫なのか?」
俺は純粋に気になったので聞いてみると、光はぽかんとし、頭に──頭では無いかもしれないが──ハテナマークを浮かべた。
「よく巫女だとか聖女だとかが神の声を聞くって設定を知らないのか? 地球のゲームにもあった気がするんだが」
「……もしかして神のお告げってやつ?」
「それだな。一人だけだが、選んで通話する事は許されているんだよ。今はまさにそれをしてるにすぎないってわけだ」
つまり、この神は俺を選んで通話をしているわけだから、他の人には通話が出来ないのか。
というかあれは神のお告げなんかじゃなく、神と電話で通話している感じだったのか。てっきり一方的に神が話しているものだと思っていたんだが……なんだか夢が壊されたような気が――
「――待て。それなら俺は聖女としてやっていけるんじゃないか?」
「ステータスが低くて、治癒魔法も何も使えない奴が聖女だって? ヒヒッ、神の声が聞こえるなんて言って信じてくれる人は何人いるだろうな」
そうだった。俺本体の強さはこの世界の子ども以下だ。下手をしたら赤ちゃんにも負けているかも知れない。そんな奴が聖女だなんて言ってもまず信用されないだろう。病院に送られるのは目に見えている。
「なら予言とかできないのか? ほら、それで当たったらちょっとは信用されるかも知れないし」
「オレ様が予言? そんなの出来るわけないだろ。あくまでもオレ様が出来るのは世界の作成、データの改ざんだけだ。それしか知識無いしな」
なら一体どうやって聖女達は未来を予言したりできているのだろうか。神が適当を言っているんだろうか。
「なんだその顔は。オレ様以外にも神様ってのは存在するに決まってるだろ? 大規模なゲームは複数人で作るもんだ。オレ様は世界の設計部分、つまり創造。イベントの作成をしてる奴はまた別だ」
そんなもんか……まぁ確かに、神話とか見ても色々な神様が存在していたっけ。それなら人間がやってることって神様となんら変わらない感じになるけど……この神様を見てると俺の予想が外れていないような気がしてくる。多分本当に変わらないんだろう。
「で、こっからどうするんだブラザー」
「どうするって言われてもなぁ」
俺は寝転がると、やることも無いのでステータスを表示させる。
……やはり低い。何度見ても低い。スライムもスライムで何度見ても高すぎる。というかレベルが1000を越えている時点で最初の敵失格だろ!
「取り敢えずここにいてもあれだ。街にでも向かったらどうだ? ほら、見えるだろ?」
神様は光の身体を動かして視線を誘導してくれる。そこに映し出されるのは大きな石の壁。
……さっきから視界にちらちらと見えていたが、やはりあれは街だったか。
俺は起き上がると、離れた場所に存在する石の壁を視界の中央に捉えた。
なんか街っぽいなぁって感じがしていたからあまり驚きはしないけど、物凄く大きい。都心にあるビルの集合体を見ている感覚とはまた違った感じで、何もないだだっ広い草原の中に佇む石の壁、その存在感はとてつもなく大きく感じてしまう。
「なら向かうか――」
「危ないッ!!」
焦燥感に駆られるぐらいの緊張感を感じる声。俺はびっくりしながらも声のした真後ろを向くと、その光景に目を見開くことしかできなかった。
だが気付いた時にはもう遅い。俺の目の前にはいつの間に飛びついて来ていたのか、先程のスライムであろうモンスターが視界いっぱいに埋め尽くされていた。
離れていた。それこそ百メートルは超えていただろう。だが、一秒も経たないうちに俺の元までやってきた。さっきまで俺の顔に太陽の光が当たっていたのに、今では当たっていない。それがスライムの動きの速さを何よりも物語っていた。
──あぁ、これは死んだ。
俺は成すすべもなく、スローモーションになったスライムの突進が俺の顔に当たるのをただただ待つことしかできなかった。
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