昔のままの梅の花




 日本刀のように長く鋭い葉が生い茂っては、その土地の者が刈り取るを繰り返すその空き地には、等間隔に空けられて九本の白梅が植えられていた。


 小橋があるとは云え、小川を挟んだ向こうにあるせいか。

 記憶もない幼き頃に入るなと注意されたせいか。

 申し訳程度に縄が張られているせいか。


 足を踏み入れられない空き地から少し離れた場所で立ち止まっては目を細め、小川のせせらぎに身をゆだねつつも白梅の開花を知るのだ。




 記憶が確固たる刻からずっとそうしていた。

 綿が飛んできて運よく留まったのかと思うほどに、ちらほらとしか咲いていない刻も。

 何かのまじないか。白玉団子をせっせと飾ったのかと思うほどに、枝の方が目立つくらいにしか咲いていない刻も。

 これはきれいだと、感嘆の吐息を思わず漏らしてしまうほどに、枝との調和が素晴らしく咲いている刻も。


 一人でだったり。

 あいつと連れ立ってだったり。

 幼年期も、思春期も、成年期も。


 ここの白梅は変わらないな。

 魔物に憑りつかれていると疑ってしまうくらいに。

 信じてしまうくらいに。


 それに比べて。

 口の端が上がったのか、下がったのか、引き伸ばされたのか。判別はつかないが、どちらにしても、人様に見せられるような顔ではないのは確かで。


 それに比べて、私たちはどうなんだろうな。

 変わったし、変わっていない。

 中身は。

 しかし、外観だけは確実に変わっていて。

 もう、何年もあいつと連れ立って、このなじみある里の白梅を見ることもなくて。






「私がまめに文を送ってもなしのつぶてだし」

「便りがないのは元気な証拠でしょ」

「帰って来たって母から知らされて家に行ってみればもういないし」

「両親に少し顔を見せれば十分でしょ」

「結婚したって知らせも、お子さんが授かったって知らせも、ぜんぶぜんぶ、あなた以外の人から聞いた」

「聞けたならそれでいいじゃない」

「私に会いたくなかった?」

「うん」


 うん。

 一度目は、明確に。

 二度目は、頼りなく。

 三度目は、

 三度目は。


「うん、だって、変わったところ、見せたくなかったんだもの。いつだって、追い越して、追い越されて、連れ立って。走ったり、歩いたりできていた私を見ていてほしかったんだもの。居なくなる前の私だけを覚えていてほしかったんだもの」


 消えてしまう。

 悟った瞬間、動いた手は、けれど、空を抱いて、己の腕に留まった。


「ばか、ばーか」

「うん。ばかなの」

「しょうがない。見せたくないなら。いい。けど。いつでもいい。私が、あなたが死ぬ前までには絶対会いに来てよ」

「うーん。確約はできない。でも、これだけは、できる」











「私に見られないように、この白梅は見に来るから、って。ほんと、ばか。いいわよ。もう。勝手にあれこれ想像してやるわ」




 小川の心地よいせせらぎ。

 名も知らぬ鳥の愛らしい泣き声。

 こちらまで迫って来そうな雑草。

 寒々しさ故に凛然とした佇まいが際立つ白梅の一分咲き。


 匂いが届かないのは。

 まだ花が足りないからか。

 まだ距離が足りないからか。

 ただ、気づいていないだけか。




 凪いでいる風のおかげだろう。

 ひどく感じる。

 右側に。

 あいつの、熱い温度、騒がしい息遣い、気品ある佇まい。


 昔のあいつしか、私は知らない。














(2022.2.8)









「人はいさ 心も知らず ふるさとは

花ぞ昔の 香ににほひける」(紀貫之)


「あなたのお心は、さあどうかわかりませんが、昔なじみのこの里では、梅の花だけは昔のままの香りで、美しく咲きにおっていることですよ」


【参考文献 : 新総合図説国語 改訂新版 東京書籍株式会社(高校の時に使っていた教科書)】



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