第68話 約束を守っていた
「妹尾くんのお母さんは、どんな人だったんだい?」
「わたし会ったことあるよ。亡くなったのは小学校一年生の時だったから」
再度言葉に詰まってしまった妹尾くんから無理矢理聞く話ではない。俺は妹尾くんのお母さんと会ったことないけれど、ひとまず楓の印象を聞いてみるか。
「俺は、その時ご近所交友関係壊滅的だったからなぁ。聞かせてくれないか?」
「うん。実は保育園の卒園式に、具合が悪いのに頑張って来てたの。会ったのはそれが最後だったかなぁ。柔らかくって、おっとりしててぽわぽわって感じで・・・辛いとかそういう表情、見たことなかったな」
ふっ、と妹尾くんが楓に視線をくれると、はいはいといった感じで楓は黙ってしまった。
強烈に、妹尾くんの母親への想いを感じた瞬間だった。それ以上、喋ってくれるなよと釘を刺すようにしている。
「俺は、母親離れできていないのかもしれないです。乃絵瑠に甘えたりしてるし、根っこの部分は変わらないから」
「自分の母親のことを大切に想って何が悪いんだい?」
「父親は、葬式の日こそ項垂れていてめっちゃかわいそうでした。俺も訳わからなくて泣いたけど、入院していたベッドからちょっと引っ越ししただけじゃないかってくらい、お母さんは眠ってるだけのような顔をしてたんです」
「・・・・・・」
「でも、父親が泣いたのはその日だけでした。今になって考えると少しはわかるけど、めっちゃ無理して気を張って、父親やってくれたんだと思います。一人で夕食を食べたことはありません。必ず、父親は仕事が終わったら帰ってきてくれてました」
「良いお父さんだね」
「お母さんの言いつけは、一から十まで覚えていたのもあって、俺自身もひねくれたりせずにここまでこれました。・・・・・・寂しかったけど、それ以上に亡くなったお母さんを悲しませたくなくて、父親もそれをわかっていて一緒に頑張ってきたつもりです」
「それで、これからも二人で頑張っていけると思っていた、と?」
「そう、ですね。でも、それは無理だって気付かされたっていうか。父親は一度も愚痴を言ったことがなかったんです。だから、多分、俺じゃない誰かが必要だったんですよね。気持ちはわかるんです。俺だって、乃絵瑠がいるし・・・・・・」
ゆっくりと話しながら、結論を急ぐことなく、妹尾くん自身が頭の中でひとつひとつ噛み砕いている状態だった。難しいことはわからない、と言いながら、ちゃんと向き合う術を持っている。
楓の成長にも驚かされたが、妹尾くんの、大人と同じ立場に立った目線、客観性があってこちらが驚いてしまうくらいだ。
「俺のために結婚する感じでは無いって、それはなんか、わかっちゃって。もう中学生だから自分のことは自分でやるし、だからって俺とお母さんをないがしろにしてるって怒りたいわけでもないんです。
ありがとうって、いつもありがとう、もう大丈夫だよって言いたかったのに、あんな風に店を飛び出したりしてッ。最低な息子ですよね。全然良い子じゃないですよねッ。ぐうっ。うああああ」
ここで決壊。妹尾くんさ涙声を噛み殺すように泣き出してしまった。
妹尾くんがとても良い子なのがわかった。それで、恐らくだけど父親に似て、自分一人で抱え込んでしまう感じなのも感じ取れた。
それで、弱みを見せないように、彼女宅ではなく、あえてうちに来た意味もわかってしまった。
まぁ、でもそれでも乃絵瑠ちゃんちに行けば円満に解決しそうだとも思うのだけれど。
俺にできること?んー。悠里に聞いてみるしかないような。多分、母親同士交流はあったのだから。
でも悠里はまだ帰ってこないし、でも妹尾くんは一度家に帰さねばならんしなぁ。
困った。
「りゅーた、送ってあげて。今日の今じゃ泰斗だって辛いよ」
「そうだな」
それしかないよなぁと考えていると、ごめん、とさらに楓から声が。
「ごめん、りゅーた。乃絵瑠ちゃん、なぜか泰斗んちにいるっぽい」
まじかぁ。またなんかありそうだなぁ。
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