第66話 泡沫と来訪者
どこの家庭でもある話かもしれない。
子供ができたら1人では育てられないし、未来が不安だ。だから、頼れるものは何でも頼ろうとする心理はわかるのだ。
だから、なんとなくぼうーっと立っている覇気の無い俺とは正反対に、悠里の目の中にキラキラとした何かを見た。
強いな、と素直に賞賛したい反面、危うさがところどころにあって、それで足りないところを補ってあげたいとか思って。
「りゅーた、聞いてるの?お味はどう?」
「・・・ああ、悪い。このカレー、凄く美味いよ」
2人だけの夕飯の食卓。悠里は珍しく取引先と飲み会とかでいない。
「どうしたの?ぽけーっとしてさ。りゅーたのお母さんの味、思い出しちゃったりしてる?」
圧力鍋で水分いらず。大量投入したトマトはまろやかな舌触りに変わり、いくら食べても飽きないルーになっている。
俺の母親が楓に教えたカレーのレシピなのらしいけど、どうも俺の頭は上手く整理できてないらしい。
考えてたのは、何で俺はこの状況を選んだのか、ということだ。
母親への謝罪の気持ちか。はたまた親父にか。一人で生きることもできたのに、なぜ手を取ってしまったのだろうか。
「実はさ、このレシピまだ悠里は知らないんだ。だから、なんか楓が作ったっていうのが信じられなくてさ」
「おー、予想外すぎるってこと?このレシピ、圧力鍋にお任せしていれば余裕だよ?」
「使い方、教えたっけ?」
「ピーってなったら出来上がりだから楽ちんでしたっ!」
今でも、不思議なんだ。
あんな小さい楓がこんなに立派になって、俺のために良くしてくれることがさ。
「なーに、泣きそうになってんの?」
「そんな顔、してるか?」
「してるー」
そう言って俺の顔を覗きこんでくる楓は、とても可愛かったんだ。
「あ、りゅーたまつ毛長いねー。羨ましい」
「俺はこんな可愛い子と一緒にいれて、ほんとに幸せだな」
「へ?な・・・なんでそんな恥ずかしいことを言うかなぁ・・・」
楓が顔を赤くしている。まだまだ子供っぽい表情だ。
そんな顔に追い討ちをかけようと口を開きかけた時だ。
ピンポーン。
家のチャイムが鳴った。誰だろう?
「はーい」
楓はパッと赤い顔をすぐに元に戻した。なかなかの女優さんである。
インターホンの画面を見て、楓が目をぱちくりとさせる。
「泰斗!?」
え?泰斗ってあのぶっきらぼうな男の子だよな?
今は午後7時。ふむ。別に夜遅いからどうこう言うつもりは無いが、楓のびっくりしたような声を聞いて、アポ無しであると察した。
突然来るってことは、面倒事しかないだろう、と俺はコップの水を腹の中に流し込んだ。
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