第63話 俺の話?マジで?


「ふーん。姉御がそんなことをなぁ」


「そんなこと、じゃねーよ。俺せっかくマイホーム買ったのに奪われるんだぞ!?」


平塚に相談してみたら、平塚が悠里信者になっていた。嘘みたいな本当の話だ。


悠里の授乳スペースの顧客獲得数が凄いらしい。俺らは太刀打ちできないから、もはや授乳スペースが設置されるのを眺めているのみだ。


門馬の件が尾を引くと思ったけど、うち社長がなんとかしてくれているらしい。まぁ、他所の会社で起こったことだから、そんなに苦労はしないだろう。


「姉御はそんな、薄情な人だとは思わないね」


「おう。俺もそう信じたいが」


「少なくとも、望月を路頭に迷わせることはしないだろ。おまえにとっちゃ、前科はあるかもしれんが、それは楓ちゃんのためだったんだろ?」


「まぁな。全部子供のためと言ったら聞こえはいいが、やってることはめちゃくちゃだぞ?お陰で再起に時間かかったし」


「楓ちゃんがおまえをマトモ人間にした。じゃあこれから先も、おまえの隣には楓ちゃんがいるんじゃないか?」


「俺にあいつの未来は決められん。それは、勝手すぎる」


「楓ちゃんからしたら、おまえは勝手に助けてくれたのに勝手にいなくなった大人だな?いつまでヒーロー気取りだ?そんな夢とうに冷めてんだろ。おまえも、楓ちゃんもな」


「勝手を通すと誰かに止められる。それは当たり前だから仕方ないと思う。俺を大切にしてくれてる人がいるって証拠だからな」


「急にポジティブになるなよ。はったおすぞ」


「ひどくねぇか?」


「おまえのナヨナヨ具合の方がひどい」


「特殊過ぎるんだから仕方ないだろ」


「いいか?側から見たら、おまえらは家族にしか見えない」


「お、おう・・・」


「そんでもって、幸せそうに見える」


「そうなのか」


「そうだ。みんな、誰を見て判断しているのかと言えば、間違いなく、楓ちゃんだ」


「・・・・・・」


「姉御はさ、楓ちゃんだけはおまえのそばに置くと思うぜ?」


それを決めるのは楓自身だろうと俺は思った。で、答えは出てるんだよな・・・。


「はい、もしもし、姉御?えっ!?契約20件取ってきたんですか?明日朝から設置!?行きます!行きます!」


悠里がまたとんでもない契約を取り付けてきたそうだ。平塚が舞い上がっている。


これで、俺に間接的にお金が入るから手切れ金とでも言うのだろうか。


平塚とは対象的に、俺のモヤモヤはずっと続いていた。



ーーーーーー


「パーっと食べに行きましょ?肉よ肉!」


「焼肉っ!りゅーた、焼肉だよ!?」


「・・・テンション高えなぁ」


その日の夜、3人でちょっと高級な焼肉屋さんを訪れた。契約20件取って来たからとんでもない臨時収入が入ったらしい。


「おう。悠里最近絶好調じゃないか。この調子なら家建てられるな」


「そんなにあの家に愛着あるの?あんたはさっさと金貯めて頑張りなさい?」


「ん、おう・・・」


「お母さん、そんなにお仕事良い感じなの?」


「そうよ。もう少し軌道に乗ったらわたしが社長やるから、楓もわたしに続きなさい?」


「お母さん、やる気凄いね・・・」


悠里のギラギラした、野心に伴う目つきが鋭い。楓は、ちょっと引きながら軽く炙ったロースをぱくり。


「うんまあぁあ!!!」


「おっ、めっちゃ美味いな」


口の中で溶けるとはよく言ったものだ。サッと火を通したロースは、柔らかくて肉汁が垂れずに閉じ込められていて、最高だった。


悠里もハラミにがぶりつく。重量感にご満悦の様子だ。


「やっとよね。あんたには苦労をかけたわね」


「苦労、ね。そんなかかったか?」


「そうやって話してくれないから、何もかもわたしが動かなきゃならなかったのよね」


「あ、わかるー。りゅーたってなかなか本音で言ってくれないよね?」


「そうなのよー」


「そうなのか?」


「色々我慢させてしまったから、ついには上手く喋れなくなっちゃったのかもね。それは・・・わたしのせいだわ」


「元々だろ。そんなベラベラ喋るほうではないしな」


「ううん。昔はもっと、夢を見させてくれたわよね?もっと励ましてくれてた。今は、落ち着いてしまって後ろ向きなことばかり言うようになったわよ?」


「あー・・・」


「りゅーた、やっぱり無理してたんじゃん」


「こうやってわたしから指摘するのは残酷なんだけれど。でも、言わないよりはマシかなと思って」


「お礼は言わないぞ?」


「期待してないわ。とりあえず、わたしはわたしで頑張るから、そっちも好きにして良いのよ?」


「へいへい。まぁ、あれだけ仲が悪かった親父たちをなんとかしてくれたんだろ?それだけで、万々歳だ。親と仲が悪いのは結構キツかったからな」


「そうよね。わたしも見てて辛かったわ」


「りゅーた、楓も、結構頑張ってたと思わない?」


「ああ、そうだな。おまえには小さい頃から迷惑をかけた」


「でも、色々わかって良かったよ。大人の事情、たくさんわからないとねっ?仲間外れは嫌だったの」


そう言う楓の表情は、少しも曇りなく楽しそうだった。


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