第62話 勝手に色々決まってる

喫煙所は、総合病院の外にあった。


駐車場を左手に見ると、緩和ケア棟が見え、その前にはちょっとした公園がある。後ろは木々が生い茂っている。自然に囲まれた建物を遠くに見える位置に、煙を風に流している悠里がいた。


「宏さん。お体は大丈夫なんですか?」


「踏ん切り付かない女子のために、遊びに来たぞ」


チラッと車椅子を押す俺を見る悠里。まぁまぁ、そんな怪訝そうな顔してないで、ちょっと親父の言葉遊びに付き合ってやってくれよ。


「お元気そうですね」


「元気だよ。こんなに元気になるんなら、もう少し早く見舞いに来て欲しかったな」


「わたしが来たら、逆効果ではないですか?」


「来てもらって構わんよ。美人が来るのはいつでも・・・いや、母さんがいない時にしてくれると助かるな」


ふふっ、と悠里が笑う。


俺は親父が吸っていたらしい赤マルを親父の口元にやると、火を点けてやった。


「・・・ふぅ。キツイな。ざっと40年ぶりか。若い頃は相棒だったのになぁ」


若いって言っても40代かよ。ちっとも若く感じないな。


「よく禁煙できましたね?」


「タバコは付き合いで吸うモノでもあったが、伴侶ができれば止めようと決めていたんだぞ?」


「我慢できましたか?」


「できなかった。だが、こいつが生まれてからは吸わなくなったな。赤ちゃんは何でも口に入れるから、俺は恐ろしくなってやめることができた」


ま、喫煙すると走れなくなるけどな。向こうで遊んでるガキんちょたちみたいにはさ。


「わーい、姉ちゃんまてまてー!!」


「大人のくせにずるいぞっ!」


「ふふふ、わたしを捕まえてごらーん」


楓がちびっ子たちと遊んでいる。小学校低学年くらいの子を相手にして走り回ってるのだ。引きこもりだった俺にとっては難しいタスクである。10秒くらいで捕まってしまうだろう。


「このしゅんそくがあいてだー!」


「なんの、ごうりきがかえりうちにしてくれるー」


「じゃあ一回戦がかけっこで、2回戦が腕相撲、3回戦はシャボン玉しよっか?」


「「シャボン玉するー!!」」


めっちゃ平和じゃん。


こっちの大人の話じゃなくて、俺もシャボン玉やりたいなーなんて考えてた。


俺は現実逃避をしすぎていた。呑気でいられるくらいには、周りが俺に優しかったな。


「母さんを家に住ませて欲しい」


で、こっちの話を聞いてなくてどうしてこうなったかは知らないが、唐突に今後の話である。


「親父さぁ。前と事情が変わったからって結婚OKって、それは無いでしょ」


「いや、あんたが出ていけばいいのよ」


「・・・・・・は?」


「わたしは静江さんとシングルマザーの避難所的なものを作りたいから、あんたの実家はそれにする」


「・・・・・・は?」


「もう宏さんと静江さんには許可はとったわ。あとはあんただけなのよ」


風が吹いて、煙が流れる。


「どうしてそんな勝手なことをするんだよ」


何か急に色々言われてクラッと来た。怒る気にもなりゃしない。


「ずっと、あんたの気持ちがわからないのよ」


悠里はそれだけ言うと、タバコの火を消して、親父の乗った車椅子を押し、病院に戻り始めた。


その後ろ姿が、なぜだか、少しだけ寂しそうに見えたんだ。

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