第61話 お見舞い


なんということでしょう。


親父が緩和ケア病棟から、総合病院に移った。俺が見舞いに来た後、急に駄々をこねるようになったらしい。


ケアを受けない、とかの駄々こねでは無く、総合病院に移りたいという予想のナナメ上の我儘だった。


部屋になかなか戻ってくれないから言い聞かせて欲しいと母親からの電話が入り、俺は病院の3階のナースステーションにいる。


そこには、空いてる看護師さんを捕まえてゲラゲラと笑っている血色の良い親父がいた。


「よぉ。ダメ息子、と楓ちゃん」


「宏おじちゃん久しぶりっ!酔ってるの?」


「そう見えるのか?それなら良い兆候だ。楓ちゃん、大きくなったなぁ」


親父が嬉しそうに楓の頭を撫で、目を細める。


「もしかして、ナンパとかしてんの?」


「そんなことするかっ!」


「そうにしか見えなかったんだよなぁ」


両手に花状態の親父。ここはキャバクラじゃねーっての。急に動いて、でも筋力低下してて危ないから両側から支えてもらってるんだとよ。


俺が来たから介助に2人はいらないだろう。軽く頭を下げて持ち場に戻る若い看護師さん。露骨に嫌そうな顔はしてないけど、これは陰でめっちゃ言われてるよなー。


「それより、見ろ。俺は嘘つきなんかじゃないだろう?」


「はいはい、そうですね。悪うございました。可愛いお孫さんがいるのは本当だったんですね」


「宏おじちゃん、そんなに自慢したかったの?」


「ああ。にしても、楓ちゃんはまただいぶ大きくなってすっかり綺麗になったな。自慢する相手を間違えたか。おい、誰か医者を呼んでこい」


「みんな困ってるだろ?そこらへんにしとけよ」


「宏、めっちゃ元気じゃん」


「おう。おじいちゃんは元気だぞ!?それで?悠里さんはどうした?」


「下でタバコ吸ってる。多分こっちには来ねーよ?」


「ふむ。一本くらい吸ってもいいだろ。楓ちゃん、部屋から車椅子を持ってきてくれ」


「おじいちゃんの部屋どこー?」


「お孫ちゃん、案内するね?」


看護師さんと楓が行ってしまった。


ここで、ぐいっと首根っこを引っ張られて、俺はギョッとして振り返った。親父、すげー力だな。


「おまえらはヨリを戻したのか?」


「戻してはいねーよ」


「ゴネてるのはおまえのほうか。何がダメだ?」


「ダメってことはねーよ」


「煮え切らないな。はっきり言ってくれ」


「楓がお年頃で、俺を異性のそれとして見てる。って、また俺は楓のせいにして・・・。そんなわけだから、色々複雑なんだよ」


「やっぱりな。だから俺は、悠里さんを悪く言えないんだ」


「・・・なんで?」


「おまえ、全部中途半端なんだよ。いくらでも悠里さんと籍入れるタイミングはあったし、そしたら楓ちゃんとそんなことになることは無かった。違うか?」


「それは・・・おやじ、たち、が・・・!」


そこまで言って、俺はここが病院だということに気づく。


そして、そうなのだ。ここで親父に文句を言ったって仕方が無い。


俺と悠里の結婚に際して筋を通そうとしていたのは両方。俺も両親も、それは必要だった。ただ、無理筋だっただけだ。


「俺と母さんはいくらでも待つ事ができたが、悠里さんはどうだろうな?そこで男を魅せたのか?おまえは、俺を言い訳に使っただけだ」


「・・・・・・」


「今度こそ、決めないとおまえは何もできない男になる。今までおまえが決断してきたことは、やってきたことなんだよ」


「自分では、進んでいると思ってたんだ」


「まさか?おまえがいる位置はまだスタートラインだ。人間、誰もが三十にして立つ。・・・少しおまえは遊びすぎたな」


「・・・・・・」


「幸い、おまえが不出来なせいで、すげーサラブレッドがいるぞ」


「馬かよ。そして、やっぱり親父も血なんだな」


「血の話じゃない。遅咲きのサラブレッドだ。逆境を跳ね返してきたやつを、おまえは知ってるだろ?」




「おじいちゃん!乗って!楓が運んであげるっ!」


「ブレーキ、ブレーキを解除してっ!」


バタバタ車椅子を押してくる楓。それを静止する看護師さん。


「楓ちゃん、じいちゃんの膝の上に乗りなさい」


「やだよ。わたしが介助するもん」


「親父、変な乗り方教えるんじゃねぇぞ」


動かない足で立ち上がった親父。俺は左側から支えつつ、親父の横顔を見た。


辛いくせに痩せ我慢は一丁前だ。やっぱり、親父には敵わないと思った。



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