第53話 理想とは
「楓が、来たよ!!」
三階から建物に入った途端、楓が声を上げる。
こちらとしては、このビルの関係者の娘、という利点を使わないと、ただ黙って入るのは難しい。
警備室にいた50代くらいのおじさんが、慣れたように楓に目線を合わせてしゃがみ込んでくれていた。
俺のとなりにいる警官のお姉さんを見ても、笑顔を崩すことなく応対してて、この人すごいなと感心してしまう。
「おっと、警官はびっくりするねー。迷子だったのかい?」
「お姉さんに送ってもらったの」
間違ったことは言ってない。困ったらなんでもお姉さんに頼ろうとしてる感があって、ちょっと笑いそうになってしまった。
「今の時間は出入り自由にしているけど、外に出る時は言ってくれ。階段から落ちて怪我されたら困るんだ」
そう言ってさっさと持ち場に戻っていくおじさん。子供の脱走に慣れてるような口ぶりだな。
とりあえず中を歩いていくと、給湯室のとなりには、結構なでかさの滑り台が置いてあるガラス張りの部屋があった。
3、4歳の子や小学生くらいの男女が計8人いる。そして首からプラカードを下げている女の職員さんが1人、子供たちの相手をしていた。
その人が慌てて外に出てくる。
「あら、どこの子?ごめんね、外に出てたの気がつかなくて。勉強部屋みたいなのもできるといいんだけど・・・あれ?お父さん、ですか?」
「ここは、預かり所ですか?」
「そうです。見たことないから、営業の人ですか?1時間くらいなら預けてもらっても大丈夫ですよ?」
子供がいる家庭が働きやすい職場みたいだ。このビルで働いている人の子供が集まっているんだろうか?
1人で8人も見るのはキツそうだ。
「大変そうですね」
「あ、はい。でもでも、わたしの個人的な感想なんですけど、子供と接していると結婚したくなっちゃうので、お世話するのも悪くは無いですよ?」
「そんなもんですかね?」
「あれ?もしかしてお子さんの育児とかしないレアケースだった人?」
俺は楓の父親だと思われているらしい。なんかむず痒い。一度諦めてるから、照れくさいような感じもする。俺と楓との距離感で親子だって判断した感じかな?
こんな子育て理想郷みたいな場所に門馬がいるのか。そうか、だから・・・なんか、少し気持ちがわかった気がした。
「まぁ、そんなところですかね」
「・・・っと。預けるわけでは無さそうってことは・・・外部からの偵察?」
警官付きで、こどもの預かり所を偵察するためにビルに入る人がいるかは謎だが、それで通るならそうしよう。
「コスプレの警官さんも似合ってますよ?」
「コスプレじゃありませんっ!!」
「大丈夫ですよ。ここは警官要らずですから」
良い職場なのだろう。理想形ではある。だけど、それゆえに、形が歪なものが、這い出してきたように思えてならない。
複雑な顔をした俺の手を楓が握る。
今は、先に進むしかないみたいだ。
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