第52話 悠里の感情に一旦蓋を


門馬が趣味丸出しでふざけているとはいえ、いつも通りの仕事ぶりをしていることに俺はただただ驚いている。


ストーカー規制法と住居不法侵入罪。あとは傷害罪がつくかな?悪いことをしてるというのに、今の門馬からはそんなオーラすら掻き消す生粋の仕事人に見えた。


俺は当事者ではないから、門馬と揉み合いになった望月の気持ちはわからない。あいつは当事者になったけど、少し世間離れした正義感を振るう時がある。楓ちゃんの気持ちははっきりと拒絶の意思を示しているからわかりやすい。


そして、悠里さんはどうだろうか?


俺からしたら門馬とのやりとりを楽しんでいるように見えた。


「社長、実はこの人、うちの嫁さんです」


「そうなのか」


「初めまして。うちの夫がお世話になっています」


門馬が事実婚だとこの社長さんは知ってるんだなとわかる反応。それを察知した悠里さんの見事な話の合わせ方だった。


解せないのは、悠里さんがいつまでも門馬の肩を持つような振る舞いをしてるということだ。俺らは門馬にギャフンと言わせるために来たんじゃないのか?感情を爆発させてもいいはずなのに、悠里さんはいつまでも妻としての姿勢を崩していない。


気持ち悪いとは思った。最後の情けか?それともほんとに惚れてるから逆らえないってやつか?


「何よ。吐きそうな顔してるわよ」


「おめーらやっぱりおかしいよ。俺だったら・・・」


「今は商談中よ。使えるものは使いなさい?」


「え?」


社長が自ら握手を求めてくるから、悠里さんと俺はそれに従い挨拶を済ませた。


悠里さんが身内ってだけで、話がトントンと進んで行くのがわかる。


「君は身内みたいなものじゃないか。どうしてうちの会社に来ないんだ?小さい会社の営業は大変だろう?」


「外から見えるものもあります。常に客観的な視点を持つことは大切ですよ?社長」


「なるほど。ちゃんと考えて貢献してくれているんだな」


俺はひとり取り残されたように悠里さんの横で相槌を打っているだけだった。


そうか。悠里さんは授乳スペースを売り込むために、我慢していたのだ。


これで険悪なライバル社みたいな対応をしたら、営業としては失格になってしまう。嫌味ひとつくらい言いたいだろうに。完全に持ち上げ上手である。


「では、各部署で置いてみて、利用者の声を聞きたいのだな?お安い御用だ」


「ありがとうございます!!」


まさに電光石火の契約成立。悠里さんは完璧だった。この数分で10個売れてしまった。


1法人でひとつずつ売れば御の字であったものを、10倍だ。恐ろしい。ごめん姉御!俺貴方についていきます!


「契約に移るから。後は平塚、あんたがやりなさい」


「あねごぉ〜」


「ちょっと、気持ち悪いわね。ちゃんとして。社長、ごめんなさいね。まだこの子大型契約取ったことなくて慣れてないみたい。あははは」


フォローも完璧じゃないですか!


私生活云々は目を瞑れば完璧な営業!


おみそれしましたああああっ!!


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