第54話 俺は楓が何で悩んでいるかを知らない
「あっ・・・・・・!!」
ガラス越しに門馬を確認できる場所までやってきた。悠里もいる。平塚も。
しかし、ここにきて楓が俺の見たことの無い顔をしている。緊張しているのか、やけに額に汗をかいているし、瞳に暗さを宿しているのを初めて見た。
笑ったり、泣いたり、怒ったりの分かりやすく素直な楓の反応。
その今まで俺が見てきた様々な楓の表情を忘れるくらいだ。こいつ、どうやって笑ってたんだっけ?ってくらい、怯えていた。
「ひっ・・・」
あいつの、門馬の目がもうダメか。見られてもいないのに楓が萎縮している。
「楓ちゃん。無理しなくていいの。あなたはよく自分で踏み出して、ここまで歩いて来たわ」
俺の想像以上の楓の反応に、俺はまたやったかと自分に怒りたくなる。
どんなに楓を理解していても、血が繋がっていない人の子だから。
ほんとの親子ならわかるだろう。あるいは生まれた時からそばにいれば、可能なのかもしれない。
或いは母親だとわかるのか?俺が男だから、わからないのか?
環境とか年季とか、背中を押す大人としての自覚とか男らしさとかの意味ではなく、真に楓を支えてやることができない。
ついに座り込んだ楓。
「りゅーた・・・」
か細い声だった。そばにいってとりあえず頭を撫でてやる。
そして、俺はどうしてやればいい?戦う以前の問題だ。無理だ。ここは楓を預けて俺1人でーーー。
「なんで・・・離れちゃったんだろ?どうしてこうなっちゃったのかな?」
「え?」
「そうだよね。・・・そうだよね?お母さん、頑張ってるもん」
え?・・・悠里が、どうした?
「楓ちゃん?」
「お姉さん、楓は悪い子なの。楓がいるから、こんなことになってるの」
「そんなことないよ。こどもは、何も悪くないんだよ?」
「お母さんが頑張ってるから、・・・わたしもしっかりしなきゃね」
「楓?」
「りゅーた。お母さんが、誰かを見捨てる人だと思う?」
「どういうことだ?」
「ほんとうの、楓のお父さんが言ってた・・・。お母さんは、自分が必要な人のところに行くの。りゅーたと同じだね」
「楓・・・?」
「お母さんからりゅーたをとっちゃったから、お母さんが行っちゃうかもしれない」
「行っちゃうって、どこにだ?」
「わかんないけど、秀樹おじさんと同じこと、するような気がして、怖い。そしたらね、もうお母さんは楓の届かないところに行っちゃうかも・・・それは、嫌だなぁ」
楓が怖がっていたのは、門馬じゃなくて悠里の方なのか?
久しぶりに見る仕事モードの悠里の顔だ。別に変わった様子は無いように見えた。
「りゅーたはわたしたちのこと、なんというか、完璧な親子だと思ってない?切っても切り離せないみたいな・・・それは、そうなんだけどさ」
ここで否定をしてやらなきゃならないと思った。俺からしたら、おまえらは本当の親子で、固く繋がっていて、それでいてお互いを常に意識する。大切な存在なんだから。
「悠里がおまえを見捨てるわけないだろ。おまえは前のお父さんの言葉に囚われているだけだ」
「そう、かな・・・」
「おまえがどう捉えてるのかはわからないけど、楓にとっては、悠里がパートナーを変えるからそう見えるかもしれない。だけどな。あいつはよくわかってる。弁えてる」
「何を、弁えてるって言うの?」
また、涙が楓の目から落ちる。
ずっと小さい頃から、楓には悠里に対する疑問はあったはずだ。それでも楓は悠里を、大人を信じて頑張ってきた。だが、なお疑いは晴れない。むしろ深まってしまったんだろう。
確かに、悠里の後ろをずっとついてきている楓なら、こう思うかもしれない。
『自分の居場所は自分で見つけるもの』
それは楓にも十分伝わっているはずで、だけれど、それは万が一とかもしかしたらの話であって、楓自身が望んでいることではなかった。
悠里がたとえ母親としてダメだと言われたとしても、楓はそばにいてほしいんだ。それが楓の、根っこの部分の願いか。
馬鹿野郎、悠里。お前はいつも楓のために動いているのに、ちっとも本人に理解されてないじゃないか。
「よく聞けよ?悠里はハチャメチャな行動をするが、おまえのせいではないんだけど、全部おまえのためにやってるんだよ」
「じゃあ、またお母さんがわたしのためにどこかに行こうとしちゃう・・・それは、嫌だよ・・・」
悠里の顔を見る。なるほど。楓の話を聞いてからは、悠里が生き生きとしすぎているように見える。それが、悠里の次の行動を予測できなくて楓が泣いている原因か。
頼むから悠里。こっちに気付いてきてくれないかな。
と、警官のお姉さんが、楓に優しく微笑む。そして、そのままぎゅっと楓を抱きしめた。
「お母さんに、聞いてみよう?」
「聞いても、ひっぐ・・・いいの?お母さん、うるさいって、絶対、言うよ?」
「でも、お母さんにだったら楓ちゃんは言える。そうでしょう?」
「うん。・・・言わなきゃ・・・。これは、楓の問題なのに・・・ありがとう」
「おっけい。じゃあ、行ってみよっか?」
言葉が足りなかったのかもしれない。悠里はひと昔の男性のように、背中で語るタイプだから多くは話さない。
楓が成長するにつれて、伝えることが不都合なことが増えてきた。それは、楓にとっては納得できないことの積み重ねで・・・。
でもこうして今、全てを受け入れようとしている、大人の楓がそこにいた。
「りゅーた、ごめん、お母さんと喧嘩するね?」
「なぜ謝る?親子喧嘩はいつでもしろ」
当初の趣旨とは変わった潜入。
俺が手を差し伸べると、楓がその手を掴む。
涙は、もう後ろに振り切って置いていった。
ーーーーーー
作者より。
伝わらなかったらすみません。感想や質問は受け付けておりますので。
この小説のテーマのひとつが『現実味』です。
ただ、ちょっと現実寄りすぎてキッツイなと作者自身思いますが、このまま進めさせて頂きます。
今後とも、宜しくお願い致します。
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