第50話 添い寝サービスはやっていません


「平塚くん、君ならわかってくれるだろ!?」


悠里さんの正体がバレて、彼女はトイレに駆け込んだ。


門馬は放ってしまった言葉を、失態を取り繕うように、俺に同意を求めてくる。でも、そんなこと言われても困るんですわ。


だって俺なら、破る前提の契約なんてしない。結婚はある種の契約だ、と色んな先輩方に言われたからこその感覚なのだが。


同情はできるよ?ATMにされてることに不満があるんだろ?


でも、その不満も含めてちゃんと受け入れてやれよ。そうしたら、望月みたいに、家に帰ってくるかもしれないじゃないか。


「1ミリもわからないし、公私混同してますけど大丈夫ですか?」


まさかの先方の性癖暴露だ。仕事以前に全く気が進まない。この人に売っちゃいけない気がする。そもそも、個人で買いそうな客をターゲットにしてるわけじゃないし。


って何言ってるんだ俺。つまりところは気持ち悪いんだよ。この人全然自制心とか無さそうだし、なんか、全てを失っても構わない、みたいな開き直った強烈さを感じる。


「わからないのか?そりゃそうだろうな。君は独身だ」


「独身ですね。だから結構既婚者の気持ちとかわからなくて。すみません」


「既婚者は大変だぞ?家族を養わなければならないからな。1人分だけで縮こまってる君とわたしでは、えらい差があると思わないか?」


なるほど、望月とこいつの違うところが見えた。こいつはただ、自慢したいだけだ。結婚マウントとか、取りたがる人、まだいるんだな。


「人の生き方はそれぞれなので。アドバイスは聞きますが・・・今、崩壊寸前のあなたの状況から学ぶことも多そうです」


「男って言うのは報われない生き物だな」


「それはやり方次第だと思いますよ?」


「ふん、独り身の君に言われてもね」


既婚者って、子持ちってどんだけ大変なんだ?俺はわからない。


その、経験しなきゃわからないものでいつまでもいつまでもマウントを取ってくるのは、正直に言って辛い。


別に、ほっとけと思う。人が幸せなら幸せでそれ以上でも以下でもなく、ただ良かったねと思うわ。


だけど、自分の理想を人に強制するなよなー。


絶対俺は転職してもここで働きたくないわ。めっちゃ建物は綺麗で、休みもちゃんと取れそうだけど、結婚マウント取るやつらより、会社の不満をお互いにだらっと言い合うほうが信用できるし。良い職場ってわかんないよな。


「独り身の言い分もちゃんとあるんですよ?もし、この先結婚しても、この感覚は忘れないで働きたいと思ってます」


「何を言っているんだい?」


「会社を回しているのは、所帯を持ったあなた方ではなく、いつだって独り身の、何のプライベートでのしがらみもない男なんですからね」


「1番使い勝手がいいのだから、当たり前だろう。だから、みんな結婚するんだ」


「独り身が辛いから結婚を選択するのは、また違うと思いますけどね」


結婚するにあたって、その動機では、決して上手くいくわけが無いんですよ。


独りで生きていくことができない。それはつまり、自分のことを弱い人間だと諦めてしまうことになるじゃないですか。


まだ、そこまでは落ちたくないし、認めたくはないな。このキャリアの先をみたいから。


「諦めて、委ねればいいよ。家族はそれを許してくれる」


「会社の構成員が全員、あなたのようなバブちゃん思考なら潰れますけどね」


「なぁにぃ!?」


あ、やっべぇ。怒らせても何の得もないのに、ついついやっちゃったわ。


しかしだな。望月ってほんとにうまくパパ代理やってたんだな。こんなやつもいるのにさ。


血が繋がってなくても、親をできるやつとできないやつの境目って、意外とはっきりわかるもんだよな。


「家族ごっこは楽しかったんですか?」


「ふふふ。父親としての尊厳はなく、抱ける女もいない。俺に残された道は、赤ちゃん返りして心の安定を保つことだけだった!」


いやいや。もうその時点で悠里さんのせいにしてるじゃん。良くないよ、それ。めっちゃダサいわ。


女性の影がちらつくと、どうしても男ってちっぽけに見えるよな。


うん。まだ俺には結婚は早いみたいだ。


「お待たせー。ウィッグ取るのでだいぶ手間取っちゃった」


「悠里さん、帰ってきたとこ悪いんですけど、門馬さん、めっちゃ怒ってますよ?」


「なんでよ!?」


「何をしたら、認めてくれるんだ?俺はもう、悠里の赤ちゃんになりたいっ!!」


「・・・っとまぁ、こんな感じに」


「癇癪を起こしてるだけよ。大人に戻るまで待ちなさい」


え・・・?悠里さん、まだ商談続ける気なの?


流石に門馬の声は部屋の外に聞こえてるし、悠里さんの男装がバレたしで、結構野次馬みたいなのが集まって、非常にめんどくさいんだけどなぁ。


「悠里ママぁ。もう立ち直れないぃ。添い寝サービスは?一回15分で5万円出すからっ!」


「普段からやってたみたいに言わないでっ!」


うわぁ。キモさが振り切れてるわ。


悠里さん、マジで男を見る目が無いかも。なんでこんな男を選んだんだろう?


と、ここでひとりの男性が部屋に入ってきた。白髪を蓄えたダンディーな初老の方だ。


「門馬部長?今度の企画はコスプレかい?」


「しゃ、社長・・・」


うおおおお!!社長自ら来てくれたぁぁ!!


これは大型契約のチャンスだぞ!

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