第49話 壊れても良いレディオ
コンコンと車の窓をノックされた。
警官の帽子を被った女の人だ。やばい。駐禁エリアだからどかせってか?
「あっ!優しいお姉さんだっ!」
「えっ?誰!?・・・ってああ!」
悠里にダメ出ししていた、警察官の人である。
助手席側のドアを開けた。
「・・・何しているんですか?」
「この間はどうも。奇遇ですね」
「奇遇ですね、じゃないですよ。何してるんですか?門馬がいる会社の前で・・・」
「捕まる前に、ちょっと憂さ晴らしを。って感じですかね。そちらはお仕事中ですか?」
「憂さ晴らし?わたしは見回りですよ。門馬を逮捕する役は別にいます。もう、あと30分後には入りますね」
「門馬を捕まえる気ですか?」
「ええ・・・?自宅が荒らされたっていうのに、あんまり喜ばないんですね。これでも、昨日は1日中門馬の行方を追っていたんですよ。自宅には帰ってないのに、会社に来ている。門馬も変な人ですね」
土曜日に自宅に侵入された件は警察に言ってある。朝一通報して楓が寝ている間にパッパと済ませた。楓は結局眠れなかったみたいで9時まで眠ってたからな。
「さっきからウロウロしてる、あの3人が刑事さん達ですか?」
「そうそう。それで、楓ちゃんがいるみたいだって言われて、わたし飛んで来ちゃいましたよ」
「お姉さん、ありがと!でも、今はまだ逮捕にはちょっと早いかなって・・・」
いや、別にもう任意同行してもらっても構わない。俺たちは機を逃しただけだから、後は警察に任せた方がいいかもしれない。
考えていると、携帯から悠里の声が聞こえてきた。
「ちょっと。トイレに行きたいんだけど、こういう時男子トイレ入ってもいいかな?大丈夫かな?」
「聞いたことのある声がするのですが、望月さん、コソコソと何を?」
「作戦は中止。ちょっと警察が来たからめんどくさいことになった・・・」
『ちょっと!ここまで来てそれは無いわよ!』
ーーー《女性声》の悠里が叫ぶ。やっべぇ、馬鹿おまえ何をやってーーー
「悠里、てめえが自ら来てくれるなんてなぁっ!」
門馬の怒鳴り声が響いて、楓の顔が真っ青になった。
「お姉さん今すぐ確保してぇっ!」
「ま、まさか悠里さんが門馬と・・・会ってる!?」
「こちらの不手際ですが、ちょっと刺激することはしないでほしいですね。タイミングが悪すぎる」
「ちょ、ちょっと待ってください。自ら人質になるような真似、なんでしたんですか!?」
平塚・・・頼む。なんとかしてくれ。
ーーーいや、俺が行かなきゃダメだろ。予告されたことをこのままやらせるのか?止めなくては!!
俺は覚悟を決めて、警官のお姉さんに楓を任せようとした。
だが、入ってきた音声がそれを躊躇させることになった。
『久しぶりだなぁ。悠里。今度こそ、赤ちゃんプレイをさせてくれ!』
・・・は?
『授乳コーナーは俺のために作ってくれたのか?そうだろ?な?
俺が寝てもイケる台なのか!?あとでお試しで使わせてくれぇぇぇ!』
俺は破廉恥極まりないこの会話を、拡声器に繋げることにした。
悠里は了承済みだ。
キィィーン。
「「自分が、気持ち悪い性癖を持ってると認めるのね?」」
街中にこだまして、悠里の声が二重に聞こえる。選挙カーになった気分だ。めちゃくちゃ恥ずかしい。側から見たら迷惑行為だし、警察官に止められてる最中に見えるだろう。
「「うるさいなぁ。俺は諦めてないぞ?さあ、俺にぴったりの授乳コーナーにしてくれっ!」」
・・・赤ちゃんプレイをさせてくれっ!ってとこから、お姉さんが楓の耳を塞いでいる。仕事が早くて頭が下がる。楓は俺の顔を見て不服そうにしているが、聞いて嬉しい内容ではないだろう。
警官のお姉さんがゴミを見るような目で俺を見ているんだが・・・俺じゃなくて門馬にだよな?
「あの、この会話を録音すれば、だいぶ使えると思うんですが・・・」
「いや、拡声器のほうが精神的ダメージを与えられせんか?」
「街中の宗教的啓蒙活動は、申請と許可が必要です!」
誰が赤ちゃんプレイの布教活動なんてするかっ!
あー、やっぱダメか。会社に迷惑かけちゃうしな。
「「門馬は変態だったのはわたしもわか・・・ってなんでわたしの声が拡声器に!?やめてください!こんな、恥ずかしい・・・」」
「とりあえず、やめますけど、証人になってくださいよ?門馬が凄い変態だってちゃんと法廷で言ってください」
「「わかりまっ・・・!ってだから!これどうなってるんですか?遠隔スピーカーなんですか!?」」
楓の近くにいれば声を拾えるように、チャンネルを切り替えてるだけなんだけどな。はい、これでもう切ったけどさ。
まぁ、録音のほうがいいか。最初からそのつもりだったから、穏やかに済む方にするか。
「楓、まだやるか?」
「りゅーた、わたしまだ何もしてないよ?」
ケロッと不完全燃焼を打ち明ける楓。
そうなのだ。重要な役目を任せると言っておきながら、目まぐるしく変わる状況の中、まだ楓には何もさせていない。
「もう、大人が頑張ったから、楓は何もしなくてもいいんじゃないか?」
そんな俺の弱気発言を受けても、楓は何かをしたいようだ。警官のお姉さんを見据えて、考え事をしている。
「楓ちゃんにやらせるのは反対です!この子の意思が無ければ、尚のこと反対します!」
それは、俺も同じ考えだ。
だけど、楓の言い分を聞いてみることにした。炊きつかせたのは俺だし、保護者として最悪ではあると思う。
でも、悠里と一緒に逃げていた楓も、悠里と同じようにやり返したくなるのは道理だった。
そして、その方法も、自分で考えるべきなのだ。楓が前に進めるために。
何よりも大切なのは、楓自身がどうしたいか、だから。
「ビンタ、したい」
「おう」
「秀樹おじさんは、楓にとっては怖い人でしかなかったから、ずっと逃げてた。一緒に住んでいた時も、いい子ぶってたの。お母さんのために・・・」
「お姉さん、任意同行はちょっと待ってくれませんか?楓のために、必要なことなんです」
「危険ですよ!門馬はこれから捕まるので、それで良いのではないですか?」
「罪を憎んで人を憎まず、ですか?」
「そうです。更正してもらえれば良いのですから」
それは、赤の他人からの視点でしかない。更正どころか、門馬が復讐にでも来たら責任を取ってくれるのだろうか?そんなわけ、ないだろう。
かと言って、ビンタか・・・余計に恨まれる選択をするのは避けたい。だが、楓の気持ちの整理のために、やり返すことは必要なんだろう。
俺が迷っていると、楓が悪戯っぽく笑って追い討ちをかけてくる。
「りゅーたが責任を取って、一生楓のこと守ってくれるなら、楓は我慢するよ?」
「なんじゃそりゃ?」
「むふふーっ」
ニッコニコの楓さんはこんな状況でも俺を悩ませていじめたいらしい。
だがな、楓。別におまえが俺にとってどんな存在になろうと、ちゃんと守ってやるから安心しろよ?
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