第48話 無関心もここまで来ると


「どうも。お待たせしてしまい、すみません」


ツーブロックの下ろした黒髪をかきあげる、門馬さん。


3週間ぶりかしらね。変わらないようで。目の下に傷があるけれど、隆太さんとやり合った時にできたのかしら。


「外出中だったようで、お忙しいところすみません」


「いえいえ、。君は下がりなさい。お茶も僕が入れよう」


受付の人とは違う、案内役の女性が部屋を後にする。


1番奥のガラス張りの一室に通されて、見渡せば他にも同じ作りの部屋が4つほど縦に並んでいる。個別の部屋だけど、誰が何しているか顔の高さまで見える。監視カメラとかは、ついてるわよね?


「こちらの方はお初でしたかな?平塚さんは前に別部署に営業で来ているから知っている。ここは、建物の中に自販機を設置していてね。だから必要無いんだ」


「一度設置してくれれば、毎日でも顔出ししますと言ってもダメでしたね」


「平塚さんは営業熱心だ。良ければうちに来ないかと誘われませんでしたか?」


「いえいえ。面倒くさい営業だと顔に出てましたよ。2階の経理部に行ったのが間違いでしたかね?」


「はは。お堅い経理部によくぞ行ってくれた。・・・それで?今日も水を売りに来たわけでは無さそうだ」


「うちの平塚がお世話になっています」


「君は・・・?」


わたしの顔を見られる。人は、まず目を見る。男性なら女性の胸も同時に見るかもしれない。だけど、大体の人は、目を見て印象を決める。


ブルーのコンタクトをしてるから、バレないとは思う。


「失礼ですが、平塚さんより若いのでは?」


童顔に見えた?平塚さんも結構若く見えると思うんだけど・・・顔だけの営業っていう風には思われたくない。


「授乳スペースをレンタルしてます、鈴木と言います」


ここで、門馬が驚いたような顔をして一瞬固まった。


「・・・平塚くん、3ヶ月前に経理部から聞いていたけど、もう転職したのかい?」


「いいえ。売るものが変わっただけです。うちが新しく、新規開拓するための新商品です。水を売って他社と競うより、こっちの方が儲かるかなって」


「男性が授乳スペースだなんて・・・普通、女性が作るものなんじゃないのかい?」


「女性の意見を取り入れています。売り込むのは男性の仕事みたいで・・・」


「説明しづらいものを、売ろうとしているんだね」


なーにもっともらしいこと言ってるんですか?


うちの女性社員を呼んで聞くとか、そういう発想は無いんですかね?


持ってきた資料には、大型ショッピング用に設置する予定の、小さな箱が示されている。


この新企画はわたしの案だ。


売れるものはすぐ取り掛かるのが会社の方針らしく、昨日の面接でわたしにメロメロになった男性社員たちがすぐに取り掛かってくれた。わたしに対するセクハラだかパワハラだか・・・醸し出すハラスメント臭を無かったことにしたいらしく、社長主導で頑張ってくれた。


その3人がわたしに気に入られようとしてるのはわかっていたけど、使えるものは使う。


寝る間を惜しんで作り上げた企画段階の資料がテーブルに広げられていく。


「あの。話を進めてよろしいでしょうか?」


「続けてくれ。良い話なら、わたしが許可を出そう」


いやいやいやー。女性無しで話を進める?


コイツの一存で?


会社でとんでもない権力を持っているのね。知らなかったわ。


「でもね、これ、実績が無いのだろう?本当に企画段階の資料じゃないか」


うん。そこをつつかれるのは知ってる。


実績が無い。つまり、良いモノかわからない。


実際にレンタルスペースを作って案内するわけでもない。


かと言って、共同で開発する、なんて話を持ちかけているわけでもない。


「場所によって、オーダーメイドでお作りする予定なんです」


「こんな大雑把なものを見せられてもよくわからないな。これを売れ、と言われた君たちに同情はするが」


いや、別に同情してもらわなくていいわよ。ここにイメージ図があるでしょ?内装もある程度決められてるし、レパートリーも豊富でしょう?


「組み合わせを選んでもらえばすぐ設置できます。まぁ、別業者にお願いしますけどね」


だーかーらー、女性を呼んで来なさいって。でも、それをしたくないのがなんとなく、顔でわかってきた。


コイツが会社内で権力を持っているのはわかった。そして誰も呼ばずに、独断でやろうとしてるのも透けて見える。


「なるほど。これ、誰が管理するんだい?」


「弊社です」


「レンタルだもんね。そうだよね」


何が言いたい?さっさと言いなさいよ。


「管理もお任せで、たくさんの子連れユーザーの休憩場所になるかと思いますが、いかがですか?」


「いいね。電化製品やアパレルの店に、別空間のコンパクトなサイズの授乳スペースが欲しかったんだ」


笑うわ。眉にしわが寄りそうになる。あんたは絶対用が無い場所でしょうがああああ!!


「トイレの匂いがしない授乳スペース、良いですよね!?」


平塚さんも賛成してるけど、ほんとあんたらわかってないわね。


家族でゆっくりできるプライベートスペース!って、書いてあるでしょうがあああ!


男性も育児に参加するために、既存の授乳エリアには行きづらいだろうから、ちゃんとイクメンできるように意識から変えていくの!


そこを2人ともスルーしないでよ!あんたら赤ん坊嫌いかっ!?


「僕に任せてくれれば、何個か設置できる。ただし、条件がある」


はい、いただきました。条件。


わたしにとっては、別にいい。カモにしたくて来たんじゃない。


でも、うちの会社に迷惑をかけるつもりもない。


ーーーあんたの性癖を暴露しに来たんだから。

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