第47話 翌日、突撃
「行くぞ!」
行くぞ、だと!?
悠里の見た目が完全に男性のそれだった。ショートのシルバーアッシュのカツラの中に、どれだけの地毛を隠したのだろう。
男性のスーツ姿、胸はサラシによって胸板が厚いマッチョのような感じになっていて、白いシャツの上にカーディガンを羽織っている。
「ふわああああ!悠人(ゆうと)しゃんかっこいい!!」
楓が感嘆の声を上げる。悠人というのは、男装用の悠里のあだ名だ。捻りが無さすぎてバレるだろ!って思ってしまうが、今回のターゲットである秀樹にはバレないらしい。
完全に、秀樹が悠里に興味が無い、と勝手に判断しているようだ。
「もうちょっと、名前変えろよ。色々あるだろ」
「あいつのオレに対する欲求が強くて、でもそれでも我慢するしか無くて、オレの存在を消し去ったのを知ってるから」
悠里がオレ、なんて言うのは新鮮だ。美形の男子って限りなく女子に近いところにいて、男子の気持ち悪いファンがつくのがわかる気がした。
「今のうち、俺のこと踏んどく?」
「踏まれたいのか?別にいいけど、おまえってそんな性癖持ってたのか?」
平塚の問いかけに、悠里の男キャラがどんどん固まっていく。
平塚の上司が鈴木悠人っていう設定だ。もう既に、悠人くんはノリノリになって、平塚のことをゴミを見るような目で見下している。
「後でたくさん踏んでやるから、案内しろ、平塚ァ!」
「ウヒョ〜ブヒ〜!」
平塚よ。そのテンションは疲れるからやめとけよ?
え?まさか、ほんとに性癖なのか!?
ーーーーーー
HOOP FREE VISION。通称HFV。家具、電化製品、ディスカウントストア、アパレル等を、圧倒的スピードで吸収合併してきたモンスター企業である。
その本社は、ただただ新しかった。7階建ての建物の窓は綺麗な青を映していて、大卒面接で受けようものなら震え上がるであろう、文句無しの一流企業だった。
この本社勤務で企画部長であるという門馬秀樹。
門馬部長が楓のキャリーケースにつけたGPSは、有効なままにしてある。
今日はもしかしたら門馬は出勤していないのかもしれないから、GPSを車体に設置して、会社の近くまで来て焦らせる、という仕込みをしている。
本人がいるならいるで、いないならいないで、やりようはある。これは、秀樹を捕まえるための作戦では無い。
秀樹のやってることを、世に知らしめるために。そのために動くのだ。
『こんにちは。企画部長の門馬さんと10時から打ち合わせで来たのですが・・・』
悠里・・・いや悠人が受付の人と話している。
「入れるかなー?どうかなー?」
「なかなか厳しいんじゃないか?」
それを、俺と楓が車の中で聞いている。
『企画?どこの企画担当でしょう?ああ、門馬部長ですね。本日、午前は外出中でございましたが・・・』
外出中?
歯切れの悪い受付の子の返答に、違和感を覚えた。
「やっぱり、いないみたいだよ?ズル休みかな?」
楓の言う通り、本当にズル休み?いや、違う。
俺は、ふと車の助手席からビルを見上げた。
三階の窓から、こちらを見ているやつがいる。そして、目が合った。
こいつはーーー。
あの、獲物を睨むような目は一昨日の夜に見た。間違いない。
ーーーちゃんと、いるじゃねぇか。普通のナリしてよう。
「作戦続行だ。3階に門馬秀樹を確認。どうにかして中に入れるか?」
フッと悠人さんの笑いが漏れたのが聞こえた。
息を吸い込んで、低い声でこう言ったんだ。
『居留守ですか?まぁいいでしょう。こう伝えてください。わたしはあなたに最高の提案をしにきた、と』
『か、確認します。少々お待ちください!』
受付の子は、何も悪くないんだけどな。ごめんねうちの悠人さんが怖がらせて。
門馬さんよ。居留守を決め込みたいなら、下を覗いたらダメだよな。不安のほうが勝っちゃった感じか。
出社できているとはいえ、精神状態が良く無さそうではある。これはチャンスだ。
『失礼しましたっ!たった今、門馬は外出から戻られたので、御二方をご案内致します!』
中に通してくれるらしい。門馬がダメって言うならまだ次の手があっただけに、拍子抜けした。
「入れるみたいだよ!良かったね!」
「んー、向こうには俺が車にいるってバレてるんだけど・・・なんで受け入れたんだろう?」
「普通は、もっと警戒するよね?」
「追い詰められてもう観念したか?でもなぁ、結構悠里のこと恨んでるみたいだったから、まだ捕まりたくは無いだろうし・・・」
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