第46話 タイミング


「そ、そんなに苦労していらしたんですかぁ!?うわーーん!そんなのひどいよぉ!!」


泣き上戸に入った悠里はうちの母親の肩に顔を埋めている。つい先程までのバチバチ感は一体何だったのだろうか。


録画したい気持ちに駆られたが、楓には、「めっ!」と止められた。悠里のヘロヘロ動画なんて滅多に見ないしいいじゃないかと思うが、後で殺されるから止めといたほうがいいとのこと。


「け、結構飲みますね。大丈夫っすか?」


「今までずぅーっと我慢してたからねぇ。平塚さん、あんたも明日から毎晩来てわたしにお酌しなさい?」


「ひぇっ」


平塚は、どんな理由はわからないが、独身以外の女性によくモテる。年齢は問わない。


平塚本人も、訳有り女性が近づきやすいってのがわかっているのだが、浮気とか不倫とか、簡単に転げ落ちる案件を抱えている女子、がたくさん寄ってくるので、受け身でいるのは大変そうだ。


そういえば、うちの母親は親父よりも酒が強いんだったな。晩酌に付き合ってもビール一杯だけしか呑まないし、相当ストレスが溜まっていたのかもしれない。


「おや、あんた呑んでないじゃないか」


「車の運転しなきゃだろ?だからいらないよ」


ついに母親が俺を巻き込もうとするようになった。酔いが回ってきたのか。


そんな時、この場で唯一の良心、楓が俺に助け舟を出す。


「シソジュース割っちゃう?炭酸水でシュワっとしちゃう?」


「お、いいな。もらえるか?」


「どうぞどうぞ〜」


楓が俺のコップにシソジュースを注いでくれる。


子供を巻き込みたく無い理性が働いたのか、母親がおとなしくなった。黙って平塚の口にすいとんを突っ込み続ける。


楓はシソジュースの牛乳割りを飲んでいる。見た目がグレープヨーグルト的。甘さ爆進のカルピス原液を割って作るより、こっちの方が楓は好きなんだよな。なんでだろう?


「カルピスもあるけど、飲むか?」


「シソジュースはここでしか飲めないからいいのっ。りゅーた、これと同じのを作ってくれるの?」


「んー、自信無いなぁ」


携帯でシソジュースと検索すると、りんご酢で煮詰める、と出てきた。


・・・え。なんかすげー金かかってんのかな?


「なぁ、母さん。シソジュースの作り方・・・」


「そん時あの人何言ったと思う?触んなクソババア!だって。あたしはね、もう引っ叩いて顔に水をぶちまけてやりたくなったよ!」


「やれー!やれー!日頃の恨みをここで晴らせー!」


「ちょっ、ふたりとも俺のこと掴まないで。すいとんはもう食べられない・・・」


芋煮のすいとんバージョンを食べ続けた平塚が口の中をすいとんで一杯にして両手でバツを作っている。


「やっぱり、なんか楽しそう。写真だったらこっそり撮ってもいいんじゃない?」


「だろ?みんな、良い表情してやがる」


誰もこっちを気にしている感じは無い。


楓もここぞとばかり写真をパシャリ。


そして、なぜだか内側カメラにしてに写真をパシャリ。


表情が作れず怪訝そうな顔の俺と、ニコニコしている楓が写っていた。


「やっと、素の顔になってくれたかーっ!楓は嬉しいのです」


「素の顔?ここにいる時と元の家にいる時、そんなに表情違うのか?」


「うん、だいぶ違うよー。だって、久しぶりに仕事決まって出勤した日よりも、ひどい顔してたもん。心配してたんだよ?」


実家に帰るっていうそれだけで、俺は勝手に自分を追い詰めていたのか?父親の件で後悔していたのもあったが、なるほど。


「前に楓と一緒に来た時以来だったからな。3年ぶりか。心もだいぶ、俺の方から離してしまっていたな」


「家族なのに。変なのー」


変だとは思う。それは、勝手に俺が一人で抱え込もうとしていたからだ。俺が、悠里とおまえを守るって決めてから、実家すら敵に回しちゃうくらいにな。


そこの溝をコツコツと埋めようと努力してこなかった俺が悪い。でも、楓を連れてきていて本当に助かった。


「りゅーたってさ、ぶきっちょ」


「でも、今はみんな笑ってるな」


「そうだね。それはそうと、平塚おじさんをここまで関与させて大丈夫?」


「明日の件もあるけど・・・ほんと、平塚には頭が上がらない」


楓がガタンッと立ち上がった。


「そうだよっ、明日だよ!ちょっと、みんな!撤収!てっしゅうぅぅぅ!!」


昼間から呑んでいた馬鹿騒ぎ会は、迫り来る明日のために早いとこお開きにした。

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