第45話 それは俺ではなく

実家に親父がいない、というのは、案外寂しいものだった。母親も、あまり動かなくていいので張り合いが無い感じだった。


俺が実家に帰る時は昼間から親父が酒を呑む。別に嗜む程度で酔っ払うわけではないから、楓に嫌われてはいない。ただ単に俺と喋るために酒の力を利用しようとしていたのかもしれない。


「平塚さん、焼酎呑みます?もう3年くらい、開けてないのがあるから」


「え?望月、いいのか?」


「いいんじゃないか?潰れてくれるなよ」


昼飯のカツ丼とプラス山菜そばですっかり栄養補給を終えた平塚。これだけ食べておけば、悪酔いはしないだろう。


「楓ちゃん、お酌したことある?」


「宏おじちゃんにしたこと、あるよ?元気かなぁ?寂しく、ないかなぁ?」


楓には、親父は入院していると伝えてある。そのうち、会えるようになるとは伝えているけど、母親の許可が下りないだろうな。


「静江おばちゃん、宏おじちゃんは元気?」


「元気さ。年寄りはすぐ病気になっちゃうもんなんだよ。そのうちひょっこり帰ってくるんだから。心配しなさんな」


「静江おばちゃん、一人で寂しくない?」


「なんだい?楓ちゃんが居てくれるのかい?」


「一緒に住むのは難しいけど、宏おじちゃんが退院するまで土日はここで過ごしてもいいですか?」


「まぁっ・・・!楓ちゃん、あんたはほんとに・・・」


驚いた。


楓の守りたいグループが形成されつつある。


悠里が上手く動けないのを知っててこれだ。俺の顔を見てこないのは、俺がそうするべきだと割り切っているからだろう。


「りゅう、楓ちゃんはこう言ってるけど、どうなんだい?」


りゅうという呼び方は両親が俺に言う最もくだけた言い方だった。


だが、楓だけ、というのは困るんだ。


「・・・悠里も一緒でもいいか?」


「もう少し、腹の内がわかればわたしも嫌いになったりせんよ」


「・・・すみません」


悠里が頭を下げてくる。


悠里があまり人前で喋らないのは今に始まったことじゃない。プライベートトークが極端に苦手なだけなんだけどな。時間がかかりそうだ。


時間をくれた母親に感謝を。


「楓ちゃんに感謝しなさんよ?」


「母さん、なしくずし的に、こうなっちゃったけど、ごめんな。迷惑じゃなければ、これからたくさん来ようと思う」


「だから、りゅうは何に対して謝ってるんだか・・・。わかったよ。あんたの願望に沿ってあげようかね」


「ちょい、望月。何の話か詳しく」


「とりあえずおまえは呑んでればいいよ」


「楓は、お酒の注ぎ方上手いよ〜?」


親父用のでかおちょこが平塚の前に置かれる。


え?親父用のやつ、いいのか?と母親の顔を見るが、気にしていない様子。


「ひとつだけ、聞かせてもらうよ。はっきりさせてくれ。今のあんたらの関係と、これからについて、ね」


「楓に入れ知恵をしたのは静江さんでは?」


悠里が驚いた表情で母親に問いかける。


「ちゃんとはっきりさせてくれ、とは言ったんだけどね。それを、楓ちゃんがどうとったかは知らんよ。3年近く会ってないしね。ただ、楓ちゃんがりゅうから離れるとは、これっぽっちも思わなんだ」


母親は楓のことをそんな風に思っていたのか。しかし、子は親についていってしまうから、どんな形であれ、悠里に楓がついていくのは避けられなかっただろう。


「はい、溢れるギリギリの、ナミナミ焼酎でーす!」


「日本酒じゃないんだからここまでやらんでも・・・」


「むぅ。楓の注いだ酒に文句アリですかー?」


「とりあえず、啜るか。あの・・・いただいてもいいですか?」


「どうぞ。悠里さんも呑む?あの人に似て、酒に頼らないと話せない感じかしら?」


「おばちゃん!お母さんは呑むと泣くからダメだよ?」


「良いのよ?泣いても。ぎょーさん泣いて家を賑やかにしてちょうだいな」


「じゃ、じゃあ、一杯だけ」


「楓ちゃん、シソジュースあるから持ってきてくれる?」


「飲んでいいの?やったー!!」


頼りない俺の周りで、それぞれの楽しい時間が動き出す。それを見ていると、なぜか安心感が俺の心を満たしてくる。


「りゅーたも飲みますかー?」


「うん、お願い」


「おばちゃーん!冷蔵庫に入ってる、この皮だけどら焼きって何?食べたことなーい!」


「パンケーキみたいなもんだよ?ちょっと待ってな。冷凍庫にずんだをこしらえてあるから」


「あっ、静江さん。わたしやります」


「楓がやるからお母さんは平塚おじさんと呑んでて!」


「りゅう、今のあんたね」


「ん?」


「昔のお父さんそっくりだよ」


何もせずに座ってるだけの俺。親父も昔、こんなだったっけ?


嫌味には聞こえないし動く気にもなれず、俺はなんとなく、ゴロンと横になってみるのだった。




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