第44話 楓にお任せ

「シロクマさん会いたかったよ〜!!!」


家に上がるなり、すぐさま実家の楓用のおもちゃ箱までダッシュする楓。横に陣取っている守り神、クマのぬいぐるみをぎゅ〜っと抱きしめている。


遅れて入ってきた俺たちの、みんなの視線が楓に注がれている。


挨拶や平塚の自己紹介も吹っ飛ばして、母親が饅頭のようにツヤツヤした顔をしてニコニコしている。


「あっ、静江おばちゃんこんにちは!!」


「こんにちは。よくきたね。大きくなったじゃないか」


楓は、人との挨拶をしない子ではない。けれど、わざと空気を壊してしまう子ではある。


おそらく、楓なりに考えて、悠里と平塚が家に入りやすいように率先して切り込んで行ったのだ。


呆気に取られたように目を丸くしている悠里と平塚。


おそらく3年ぶりに来た実家でも、物怖じしない。自由なままの楓だった。


昔の自分の真似事をするように、バタバタと走っていく。


「あっ!おそば発見!おばさんの山菜そば食べたい!」


「なんだい、お昼たべさせてもらえなかったのかい?」


「楓がダイエット中なのに、カツ丼とかラーメンとかしかないりゅーたが悪い」


嘘つけい!おぬしマグロ山かけ丼食べただろ?


「じゃあ、用意しようかね。悠里さん、手伝ってくれる?」


「あ、はい。あの・・・ご無沙汰、していました・・・」


「二度と敷居を跨がせる気は無かったけどね・・・ロボットは壊れてるし、お父さんはいないし・・・頭の良い楓ちゃんにやられたねぇ」


ぎくっと楓の顔が硬直し、母親が吹き出す。


「ふふっ。そうさね。嫌いな相手でも、まともな話し相手がいるっていうのは、悪く無いね」


「初めまして。望月の友人と上司やってます。平塚です」


「友人と、上司?・・・あんた、情けなくなったんだね」


俺の顔を見て小言を言ってくる母親。


一度退職したのもバレたし、再就職先もコネを使って楽に働いてるのね、といったニュアンスを母親から感じる。


そうでなくても、今から楓の俺語りが始まるというのに。


「おばさん、聞いてよ。りゅーたの家、ゴミ屋敷になってたんだよ?楓が綺麗にしたんだよ?」


ほらな。いやいや、マジであんまり言って欲しく無かったわ。


「いや、でも、仕事はできる方だと思いますよ?」


平塚がフォローしてくる。だが、母親の一言で全員が固まる。


「自分をぞんざいに扱う人が、人を幸せになんてできるかい?」


んー。俺が引きこもっていたこと、誰にも言ってなかったんだけどな。


まさか盗聴器!?いや、大丈夫だ。平塚に調べてもらったから、ないはず。


だとしたら、母親の勘ってやつか?恐ろしすぎるだろう。


「むふふーっ」


凍りついた空気を、ぶっ壊そうとしていている奴がいた。


自信満々の楓は、腰に手を当ててVサイン。


「楓は、りゅーたが一緒だと幸せだよ?」


「・・・楓ちゃんがそう言うなら、許してあげようかね」


「おばちゃん、ありがと!」


俺含め、悠里も平塚も苦笑いだ。


楓は、3年前の母親を信じていたのか。だから、人見知りしないで母親の懐に入っていけた。


対して、俺はどうだろう。大人の事情ばかりで固められて、親子としての話はまるで無かった。


実家と距離をとっていたのは、俺の方かもしれない。できるだけ自然体でいようかな、と楓を見て考えていた。


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