第42話 ひとり
「お父さんを見てきた?」
「会ってきたよ」
「怒鳴ったでしょう?泣くでしょう?すっかり・・・あの人は変わってしまったのよ」
母親からの父親評を聞いても、いまいちピンと来ない。
父親は俺に対しては笑っていたし、俺のことを応援してくれる感じだった。
病院での面会を済ませて、実家に戻ってきた。
壊れたゴミ出しくんに寄りかかりながら、目線はしっかりと俺に合わせている母親。俺の後ろ、襖の向こうには鏡があるのだが、その鏡を家主が見ているように錯覚して、それを見た人が距離感を誤る、らしい。それがうちに来た来客の総評だ。
すごく遠く感じる、とのことだ。
うちは平屋だが、横長に張り巡らされた部屋を囲むように鉄柵があり、知らない人が見たら豪族のお屋敷に見えるらしい。
実際は、壊せない瓦屋根の家をできる限り横に延ばして部屋を広げているだけで、由緒正しき家でも無いし、見てくれは良いが、耐久性に難がある。
ツギハギだらけの建物。そこに住んでいるのが望月家なのだ。
「すまなかった」
俺は頭を畳に擦り付けた。
「それはこれを壊したことに対して?それともあの人に対して?それともわたしに?」
「全部、だ」
「的を得ていない謝罪こそ、腹立たしいものは無いよ」
母親の言う通りだ。俺の謝罪は全く意味を為していない。
全てダメになったから、仕方なく謝っているように、俺自信も感じる。
「・・・その様子だから、普通のお父さんに当たったんだねぇ。わたしはもう1年くらい、まともなお父さんを見てないよ。煩くてね。こっちの気がおかしくなったんだ。八つ当たりする対象がわたししかいない、矮小な男だから」
はぁ、っと空気にしては重いため息が母親から出る。ずっと2人だけで抱えていたらしい。
俺は一体、何をしていたんだろう。実家のことを気にもせずに、居たいコミュニティーにずっと閉じ籠って。自分勝手すぎる。もう、遅いかもしれないが・・・。
顔を上げると、ゴミ出しくんと一緒に転がり倒れてしまいそうな母親がいた。
「今更で悪いが、俺に、できることはないか?」
「そうさねぇ・・・しばらく、お父さんのお見舞いを代わってくれないかい?良くも悪くも、あんたが来てだいぶ気が抜けたよ」
母親の目から、苦しそうな涙が溢れ出す。溢れることはない。だが、もう気を張るのは限界なんだと感じた。
そんなに苦しくてもこの家を守るのは、誰のためになんだろう?俺のため?ーーーーそうは見えなかった。見えずにいた。
なぜ、ほとんど諦めていた俺なんかをーーー
「わたしも・・・あんたも、・・・よーく、よーく人に騙されて来たもんね、優しいから。ろくな女を連れてきやしないし、いつの間にか絆されて、今や中心が他所の子だ」
どうして、そんなに優しく俺に言える?
ーーーわからない。
血が繋がっているから?
血の繋がりなんて超えようと思っていた、
生まれてから、俺はずっと自由だった。
だけど、だけど、もっと自由の先があったり、自分が守れる人を決めたり、・・・そうやって生きていきたいと思っただけ、なのに・・・。
俺が、間違って、いた、よ・・・
「だけどね・・・」
俺が再度頭を下げようとした時だ。
母親が、懐かしむように俺を見て、そしてこう告げる。
「お父さんそっくり。あんたはわたしのように騙されて、お父さんのように頑固で・・・難儀な子」
「・・・どういうことだ?」
「そのまんまよ。だから縛りつけようとしたのだけれど・・・蛙の子は蛙」
「母さん、俺は、あとは何をしたらいいんだ?」
「楓ちゃん、まだ縁切れてないん?そーろそろ顔を、よー見たい」
「・・・・・・」
「そんなに警戒して。全く。取って食うわけでも無いのに」
楓には、自分で考えて、自分で決めて欲しい。だけれど、人の言うことをちゃんと聞いてしまうのが難点だ。それが吉と出るか凶と出るかは、楓に会ってから聞いてみるとしよう。
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