第34話 楓視点 離れないように


私の手から、りゅーたの柔らかい耳の感触が消えた。


お母さんは耳を触られるのが嫌だったから、わたしの手を払おうとはせずに、よく寝返りを打って対抗してたっけ。


珍しいな、と思って暗がりの中でりゅーたのことを見た。月の光は眩しいくらいで、だけど、眩しくてりゅーたが霞んで見える。


外から足音が聞こえてきて、只事では無いことを察した。


どうしよう。きっと、アイツだ。


どうして、こうなっちゃったのかな?


一度だけ、誰かに言われたことがある。


『あんたが幸せを吸い取ったから、不幸になるやつが出るんだ』


そうかもしれない、と思うようになったのはここ最近だった。


わたしは誰かの幸せを奪って生きている。お母さんはわたしのために生きているらしい。そのお母さんは、わたしを食べさせるためにりゅーたを選んだ。


りゅーたは家族だし、楓にとって大切な人。お母さんもそう思ってるみたいだけど、でも、後ろめたさがあって、辛いなら離れていいよ?なんて何回も言ってるし。


その度にわたしはりゅーたに行かないで欲しいと泣きじゃくった。困った顔をしたりゅーたを見るのは辛かった。お母さんがこんな、人を試すようなことをいつまでも、いつまでもして、りゅーたがちゃんと応えてくれて。


わたしは、お母さんの味方をしたかったわけじゃなくて、どうしたら3人でずっと離れないでいられるかを考えていたんだけど、結果的にはお母さん寄りになっていたと思う。


お母さんは、頑固だ。


りゅーたはそれを知ってるし、わたしも知ってる。


「お母さんが決めたルール、楓のためになって無いよ?」


頑固だったけど、楓の言葉はお母さんに響いてくれたみたい。


どういう意味?って聞かれもせずに、この部屋でお母さんと泣いたっけ。


ようやく自分で物事を考えられるようになって、楓は助けられていたことを知って。


りゅーたが、りゅーたがいたから、楓は寂しく無かったよ。


保育所のお迎えで「おとうさん!」って言ったら笑ってくれたね。


自転車、自分だけ補助輪無しで乗れなくてベソをかいてたら、1人で乗れるまで後ろで支えてくれたね。


入学式でもらった、りゅーたが作った運動着袋、ボロボロだけどまだ大切にしてるよ?


肩車、恥ずかしいのにたくさんしてくれてありがとう。楓の特等席なんだよ。


友達と喧嘩した時、一緒に謝りに行ってくれてありがとう。ほんとのお父さんみたいだったよ。


りゅーた、りゅーた・・・


「行かないで・・・りゅーた」


伸ばした手の先にりゅーたはいなくて、


下の玄関から、すごい音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る