第31話 楓と遊んでいる
悠里が男になれるかのチェックが終わって、騒がしかった家の中が静まり返る。不思議な夜だ。少し寂しく感じてしまうのは楓に失礼だろうか。少し前なら、この家に誰か来るなんて珍しかったのに、そして、一度は諦めていた光景が今目の前にある。
テレビをつけているのだが、別にテレビに興味などなく、俺は楓の後頭部をじっと眺めながら、スイカバーをかじっていた。
「りゅーた、どうしたの?」
至高の一品、バーゲンザッツいちご味を食べていた楓がスプーンを咥えながら俺を振り返って見てくる。
「いや、なんか、安心するというか・・・」
「素直だねー。前は眺めてるだけであんまり気持ち言ってくれなかったじゃん?」
「言える時に言っておかないと、いなくなってからじゃ遅いしな」
「シリアスは受け付けませーん!」
「なんでだよ」
ホテルに帰ってしまった悠里。俺と楓のために彼女が作ったシチューは、美味しくて明日の朝分も食べてしまった。食後の俺たちはひたすらまったりとした時間を楽しんでいた。
楓は今の子に似合わずあまり携帯をいじらない子なので、ちょっと驚いている。
代わりにこいつは、10分おきくらいに人の顔を見てくる癖がある。人の顔色を伺っているらしいその動きは悠里が離婚してからの楓の一部となっているらしい。俺は、別に変だからやめなさいなどと言うこともなく、学校の友達にもそれをやっているのかが少しだけ気になった。
「そういえば、友達は乃絵瑠ちゃん以外にできたか?」
「バカにしすぎー。楓はちゃんと友達100人作ったよ?女子はみんな楓の味方だからね」
「家に呼んでもいいぞ?俺が邪魔ならその時間いなくなるし」
「ありがたーい申し出だけど、色々片付いてからでいいかな。他の子を危険に晒したくないし」
そりゃそうか、と月曜日の計画についてまた考えようとすると、楓が近くに寄って来た。
楓が食べていたアイスが外側から綺麗に食べられていて、中心が丸く残ったまま、テーブルに置いてある。
「あっ、食べたかった?りゅーたにあーんしてあげる」
「俺のスイカバーと味が混ざるから遠慮しとく」
「バーゲンザッツの味が勝つに決まってるよー!」
むぐっ。
楓がアイスの乗ったスプーンを向けてきたので、一口いただいた。
「チープな味の中にクリーミーさが加わって悪くないな」
「そっちも食べる!むぐっ!・・・種の部分のチョコ味だけがいちごに勝った!」
「スイカバーの負けでいいよ」
ここでバーゲンザッツに勝ってしまったらいけない気がする。
「なんかりゅーた、勝つことばっかり考えてそう」
「まぁ、そりゃあな。負けられないからな」
「あんまり悩むと禿げるぞー?」
「とは言ってもなぁ・・・」
と、楓はカーペットの上に寝そべって体をうねうねと魚のように動かし始めた。
芸人がたまにやるマグロの動きをちょっと激しくしたやつだ。思わず笑ってしまう。
「くくっ、かえで、何やってんだ?」
「囮のれんしゅうっ!」
そんな動きしたって誰も引っかからないだろ。あ、俺だったら引っかかるかもだけど。
「あー、りゅーた、引っかからないかなぁー?(ちらちら)」
「美味そうなうなぎだなぁ」
「鯛だよっ!」
楓の細い体からは想像がつかないやつだった。
「これで笑うの俺ぐらいだろ」
「笑ったからよし!楓の勝ちー」
「笑わせたら勝ちなのか?」
「りゅーたもなんかやってよ」
無茶振りだが気分がいいので、挑戦したくなってしまった。ドン引きされてもいいからここは何かやるぞ。
女の子座りしている楓に背を向けて、俺は腰をひねってドヤ顔で一言。
「1番絞り!」
「ごめん、何が面白いのか全然わかんない」
「んなぁっ!?」
結局、楓を笑わせられなかった俺は罰として楓直伝、囮の動きをマスターしたのだった。
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