第7話 楓と添い寝
ちゃっちゃと風呂に入って、久しぶりに自分の寝巻きの黒スウェットに袖を通した。汚れてない着替えがあって助かった。
普段は誰も来ないから、俺はジャージで過ごしていたのだ。だから、脱いだジャージはめちゃくちゃ臭かった。何日連続で着ていたのかもわからない代物だった。
「上がったぞー」
「はやっ!ちゃんと、髪は二回洗った?」
「禿げるから一回しか洗ってない」
「どれどれ?くんくん、うん、合格だよ」
俺の濡れた髪の毛を嗅いでチェックする楓さん。
「一緒に寝るんだろ?少々気合いを入れて洗ったのさ」
「りゅーたの匂いは好きだけど、臭いのはいやー」
何言ってるんだ?違いがわからないぞ?
ブワーーっとドライヤーのスイッチが入り、俺の髪は後ろに吹き飛ばされた。
俺の髪もずいぶん、長くなったな。面接前に切るか。
「どう?久しぶりにドライヤーかけてもらった感想は?」
「つーか、楓は一人で髪乾かせるようになったんだな」
「当然でしょ?乙女のたしなみだよっ」
「40歳から禿げるらしいから、優しくやってくれ」
「さっきから、禿げることばっかり気にしてるね。どこも危なくなってないよ?」
「昔はでこ広いだけで、ハゲハゲ言って笑ってたじゃないか」
「ぷくく、そうだね。もしかして、気にしてたの?」
「家族で1番年齢が高かったんだ。君たち若い2人に合わせるのに必死だったぞ?」
「あ、白髪発見!」
「抜くなよ!増えるから、抜くなよ!」
「よし、ドライヤー終わり!寝よう!!」
頭を触ると、久しぶりに脂ぎってない髪の毛のふわっとした感触に出会えた。
ドライヤーのパワー、すごいな。
「歯は磨いたのか?歯ブラシの予備あったっけかな?」
「持ってきたから大丈夫!ほら、コップの中に入れておいたからねー」
マイコップとマイ歯ブラシを持参していたらしい。
洗面所に、新しいものが仲間に加わった。
苺柄のコップが、殺風景だった景色をちょっとだけ華やかにした。
「どんどん、可愛いやつ増やしていくね?」
そう言って笑う楓。ダメだと否定することはできなかった。
なぜだろう。俺はもう家族じゃ無いのにな。本当は、ダメなんだけどな。
ーーーーーー
二階に上がって、押し入れから布団を出す。
普段、下で寝ていたから、二年間、ろくに布団は使っていなかった。
取り出した布団は、ちょっと、いや、だいぶ埃っぽいから、とりあえずベランダの戸を開けた。
「懐かしい景色だぁー!!」
二階から見えるのは他の家ばかり。あとは電波塔が赤く光るくらいか。そんななんでもない景色でも、楓にとっては感慨深いものらしい。
9月の夜風はちょっと寒い。だが、不意に香る夜風と、この景色、そして隣の楓の声が、昔の楽しい夜を思い出させる。
「花火はここから見えないんだよね。ベランダで肩車してもらっても、全然見えなかったなぁ」
「諦められなくて、楓が屋根に登ろうとした時は焦ったぞ?」
「保育所の頃のわたし、怖いもの知らずだね」
命知らずの間違いじゃ無いか?
埃を落とした敷布団の上に、シーツを敷いて、そこにぼふんと楓が背中から落ちた。
「え?背中痛く無いのか?」
「楓は軽いからヨユーですっ」
羽毛布団をかけると、楓がバンバンと敷布団を叩く。どうやら、腕枕をご所望なようだ。
「あー、これこれ。この硬さですよ、りゅーた」
「硬い腕でよく寝れるよな」
「わたし、丸太とかでも枕にして寝れる気がする!」
「そういえば、キャンプもやったな。悠里が蚊に刺されまくって、二度とやらなくなったが・・・」
「また、3人でやろうよ」
楓の顔が近いところにあって、まっすぐ俺を見つめてくる。期待の眼差しだ。
「やってもいいが、今度はもっとサバイバル寄りにする。水を濾過することから始めよう」
「うわぁ。お母さん、絶対やらなそう」
「意外と楽しいぞ?楓にはまだ、教えてないことがたくさんあるんだ」
「じゃあ、明日から、教えてもらおっかな」
「今日はいいけど、明日も泊まるのか?」
「うん、しばらく、お願い」
「わかった」
これ以上は、何も聞けなくなった。楓の言いたく無い部分に触れそうだったからだ。
お互い無言になったのも束の間、楓が寝息を立て始めた。体を丸めて無防備な姿をしていた。
そんな姿を守りたくなってしまう俺は、携帯を見て、求人探しを夜中までしたのだった。
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