さよなら風たちの日々 第7章ー5 (連載22)

狩野晃翔《かのうこうしょう》

さよなら風たちの日々 第7章-5 (連載22)


               【9】


        『そしてもうひとつのピリオド』梗概-1



四月。都立高校一年生になったばかりの少女はある放課後、偶然音楽室から流れてきたピアノの旋律に耳を傾けます。そこでピアノを弾いていたのは、二十代後半で現代国語を教える男性教師でした。

 この胸のときめきは何。高鳴りは何。それが少女の恋の瞬間だったのです。


やがてその教師は学校内に軽音楽部を立ち上げ、顧問になります。少女はその軽音楽部に入って、ギターを習い、一緒に歌を歌ったりして懐くのですが、ライバルが多くてそこからなかかな進展しません。軽音楽部のB子やC子もその教師が好きみたいで、少女はときにはB子やC子に嫉妬することさえありました。

 先生を独占したい。先生と二人だけになれる時間がほしい。

 そんなある日、少女は教師がオートバイを趣味にしていることを知り、教師に猛烈アタックします。

 先生。私をオートバイに乗せてください。オートバイが好きなんです。オートバイに乗って、風を感じるのが好きなんです。

 何度も繰り返す少女に教師はやがて根負けし、少女と約束しました。

 夏休みになったらオートバイに乗せてあげる。そうだ。どこか日帰りツーリングに行こうか。場所は、日光あたりでどうだろう。

 少女はしてやったりと満面の笑みを浮かべ、心をその日に羽ばたかせます。

 教師と少女の、二人だけの秘密の約束。しかしその約束がやがてとんでもないことになってしまいます。|


 夏休みのある日。教師は少女をオートバイのタンデムシートに乗せ、日光方面にツーリングに出かけました。東照宮。華厳の滝。中禅寺湖。ひと通り観光スポットを回ってから少女は教師におねだりします。

 先生。林道を走ってみたいの。林道って、オートバイの醍醐味なんでしょう。

 少女はオートバイ雑誌で仕入れた知識をひけらかします。

 けれど教師のオートバイは、林道向けのオートバイではありません。それでも少女がせがむものだから、教師は仕方なく少女を乗せて林道に入ります。


 未舗装の林道を、低いギアでの長時間低速走行。それが原因だったのでしょうか。やがて二人を乗せたオートバイはオーバーヒートを起こしてしまい、動かなくなってしまいました。

 やむなく二人はオートバイをそこに停め、徒歩で林道を引き返します。

 一時間、二時間、三時間。林道を歩く途中、二人は、一台のクルマともすれ違うことはありませんでした。林道走行中のオートバイとも、地元の人間、ハイキングのグループとも出会うことはありませんでした。

 そうして二人は日が暮れる頃、へとへとになって舗装してある国道にで出ます。

 見るとその国道沿いに、怪しげな照明にライトアップされたホテルがあるではないですか。

 先生、疲れたよ。くたくただよ。もう歩けないよ。

 少女の疲れ切った泣き顔に折れて、教師はやむなくホテルに入ることにしました。


 いいかい。親に電話するんだ。途中でぼくと交代してくれ。そこでぼくが電話に出て、事情を説明するから。

 ホテルの部屋に入ってから教師がそう諭すと、少女は答えました。

 分かりました。これから家に電話します。でも先生は出なくていいです。向こうに行っててください。

教師が少女から離れると、少女は受話器を持ち上げ、ダイヤルを回しました。

 もしもし、ああ、ママ。


 けれど少女は実は、家に電話などかけなかったのでした。教師を安心させるために電話をかけるふりをして一人芝居をしていたのでした。

 なぜならば少女は教師との時間を、誰にも邪魔されたくなかったからなのです。

 二人だけの時間を過ごしたい。そう思った少女のニセ電話。電話をかけるふりをした少女の一人芝居。

 それがやがて、大問題になってしまうことも知らないで。



                           《この物語 続きます》






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