第14話 転移失敗?
「――――はっ!」
目が、覚めた。
どうやらあの光の中に落ちた後、いつの間にか意識を失ったらしい。
気が付いた時には、冷たい風が爆ぜる音を鳴らして身体を叩き付けてきた。
息が少し苦しい。嵐のような強い風が阻害してきて呼吸が上手く出来ない。
この状況は一体……俺は何処にいるんだ……?
安定した足場も無いらしく、手足はぷらんぷらん。何度も風に弄ばれるように転がされ、目の前の光景が目まぐるしく変わっていく。
視界にチラついて見えたのは、空と大地だ。混じり気の無い青空と雲は何故かそこにあるように近く、地面は遠い。
これはまさか……。
俺、空から落ちてる――?
「おわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――!?」
な、なに!? なんで!? なんで落ちてんの!? どうして俺はこんな高い場所から落ちているんだ!?
普通、異世界に転移された時は木の下とかで目が覚めるもんしょう!? いくらなんでもこれは斬新過ぎるだろう!
さてはあの
こんちくしょうめえ! せっかくの異世界転移にミスるなよぉ!
早くこの状況を脱しないと、このままでは……地面に衝突して死んでしまう! こんな高い所じゃどう足掻いても即死を免れるのは無理だ!
パラシュートは……そんな物が丁度良くあるはずがない。
神様に着の身着のままに飛ばされたのだから。
「……っ! うあ…………!」
地面が端を広げ、より鮮明に映っている。落ち続けて、かなり近くまで迫ってきていたらしい。
命の危機も迫っているが……風に舞わされるばかりで何も出来ずにいる。助かりそうな物や手掛かりは当然見つかりそうにない。
嘘だろ……異世界に来たのに最初のイベントがこんなくだらない事で死ぬなんて! これから始まる異世界生活も運が無いとかあり得ないだろ……!
嫌だ……。
こんな形で死にたくない。終わりたくない……!
「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
おいで、こっちにおいでと言わんばかりに吸い込んでくる大地。
最後に見た青空は、「あら、災難なことねえ」とでも言いたそうだ。
時に空が憎らしい。いつどんな時でも関係無さそうに広がっているから。
苦しい時も、こんなピンチな時も。
清々しい青さがホント……嫌になってくる。
「――ぶげっっ!!!」
世界が、がくんと揺れた。
鉄槌に打たれたような激しい衝撃と名状し難い痛みが身体中を蝕んでくる。どうやら地面に到達して身体を強く打ったらしい。
何かが弾けた音は、自分の人生が終わる音か。
最悪だ。嫌々転移され、何も出来ず何も始まらずにこんな情けない最期を迎えるとか……。
憎らしい青い天井がどんどん鮮血に染まっていく。
やがてそれが暗黒に変わると、意識が潰えていった……。
初めての異世界生活は……墜落死で幕を閉じることとなった。
G A M E O V E R
――終わり――
「――――はぁっ!」
また目が覚めた。いや、これさっきと同じリアクションだな……。
「……? んん? どういうことだ?」
意識がある事に違和感を覚える。
確か……空から落ちて地面に墜落して死んだと思ったんだけど、まだ生きてる……?
死ぬ直前の瞬間、身体を打った強い痛みも記憶に新しい。
おかしい。あんな目にあって死んでないはずがない。あれが気のせいとか夢であるはずがないんだ。
「…………あっ。えっ……!?」
身体を起こすと、辺りは不可思議な光景があった。
さっきまで寝そべっていた地面は跡が残っている。人間大のめり込んだ跡だ。
その周りには血らしき液体が、身体を中心にして周りの地面を染めていた。
時間が経っているのか、変色している。これは俺の血か……?
服――何故かさっきまで着ていたはずのジャージじゃない――も全身ボロボロになっている。
見る限り、俺は確実に墜落したことがわかる。だからこそ理解に苦しい。
身体は何処にも傷がない、痛みも無い。全くの無事ってのはあり得ない話だ。一体何が起こったって言うんだ?
この薄気味悪ささえ感じる不可解な出来事に訝しんでいると……風が撫でてくる。
落ちている時とは違う、心地良い風だ。
時を同じくして草むらが撫でられる音に誘われ、周囲を見回す。
「トールキンについに来ちゃったんだな、俺……」
辺りは地球に似ていて、純粋な光景に満ちていた。
これが異世界……これがトールキンの風景……。
こうして見ると夢の中にいる気分だ。
本当は嬉しいはずなんだけど、ここに来た事情が事情だしなあ。素直に喜べなくて複雑な気分だ。
ま、来てしまった以上は仕方ない。帰る手段がどうにも無いし、神様に解決するまで戻ってくるなと言われたしな。
しばらくは元の世界の生活を忘れて、この世界での生活を楽しもうか。
あっ、待てよ? 今は戦争中だったはずだよな……?
「……どこからどう見てものどかじゃないか」
辺りは草むらや木々が生え、所々には見たこともない綺麗な花が群がって生えている。
遠くには大きな山岳が見え、その中に雲を貫いた一際大きな山が確認できた。
戦場が生み出す雄々しい叫びや剣の刃を交える音など一切聞こえない。
これじゃ、とてもソールが言ってた戦争中とは思えない。平和そのものだ。そこで乙女が長いスカートを摘まんで、キャッキャウフフと遊んでいそうなくらい穏やかだぞ。
神様だって大陸中で戦争が起こっていると言ってたのに……もしかして、ここはまだ手が及んでいないって事か?
「とりあえず人里を探すか。人一人でも見つかれば助かるんだけどな……」
そうすればトールキンの状況が分かるかもしれない。このままでは埒が明かないし、それに人の手が入っていなさそうなこの場所は危険そうだ。
日は十分に高い。夜にならないうちにさっさと見つけよう。
「?」
その時、視界の端に佇んでいた林から草の擦れる音が聞こえてきた。
あの音は……自然に出るものじゃない。何かの生き物が草むらを越えようとしている音だ。
音は少しずつ大きくなり近付いてくる。大きなものが移動する音だ。
地面を揺るがす振動も生まれる。樹木の倒れる音も聞こえてきた。
これは一回りも二回りも大きいぞ。どんな生き物が来るんだ……?
音の発生する方を凝視する。
林の中を進んでいるそれは、やがて日の下に姿を晒した。
『グルルル……』
「…………へ?」
目の前に現れた生き物は、見かけはライオンそのものだった。
だが俺が記憶しているライオンの姿とはかなり違っていた。
まず体躯が白黒の体色をしていて、体高が二メートル程ある。
顔の周りに生えている紫紺のタテガミには、大きな角が後方に向かって捻っている。
四本の足は逞しく、骨のような指からは剣先のような爪が伸びていた。
こんなに大きく、変わった見た目をした動物は見たことがない。
この
『ヴル……』
目の前を通り、そのまま横切って行こうとした――が、俺の存在に気が付いたらしい。
大きな顔が向き、視線が合った。
さっさと逃げるべきだった。
角付きライオンのバケモノはしばらく睨んだ後、獲物か敵とでも判断したのか大きな口を開けて咆哮を上げた。
腐ったような色をした口の中は、鋭い牙が無数に並んでいた。
空気を震わす獣の雄叫びは、死の恐怖を植え付け危機を悟らせた。
「ひっ……うわあぁぁぁぁ……!」
咆哮に尻もちをついてしまった俺は、震える足を鞭打って逃走を図った。
殺される……早く逃げなきゃ……!
でも何処へ――?
ここがどんな場所なのか知らないのに、何処へ逃げれば助かるのかわからない。
うぅ……転移して最初のコンタクトがバケモノとエンカウントとか最悪だ!
『グルアァァァァ!!」
背後からバケモノの咆哮が耳朶にかじり付いてくる。わずかに後ろを見ると、バケモノは鋭い爪で地面を削りながら猛スピードで追って来ていた。
速い……! これじゃ逃げ切れない……!
かたや運動不足の一般人。かたや四足歩行の猛獣。差は明らか。追いつかれるのは時間の問題だった。
「こっちに来るなあぁぁぁぁ!!」
『アグァアァァァァ!!』
「ぎゃっ……!」
雄叫びが近くなった時、熱いものが背中に走った。
すぐ後に迫ってきたバケモノが前足の爪を使って背中を引っ掻いてきたらしい。
背中をやられ、そのせいで足がよろけてしまった。
「っ……あぁっ、
傷が深く、耐え難い痛みが背中を這う。背骨まで達しているのかもしれない。
「い、痛いっ、痛い……! だ、誰か俺を助けてくれぇ……っ!」
『グアアアアァァァァァァァァッ!!』
「!!」
痛みに悶えていた俺を現実に引き戻したのは、バケモノの咆哮だった。
あのバケモノは疾走で追い越してしまい、今は反転しようとしている。ここでのたうち回っている場合じゃない。
「うっ……は、早く……逃げない……と……!」
喚かずにはいられない程の痛みに耐え、手負いの足を引きずりながら地べたを這いずる。
『グアアゥ……ッ!』
だが深い手負いの状態で逃げ切れるはずがなかった。
バケモノがすぐに追い付き、目の前に現れたのだ。
「ひ……うあぁっ!」
周りを囲むように歩き、唸り声を上げ大きな口を近付けてくる。
早く逃げなくては……食い殺されてしまう……!
こんな所で死ぬわけにはいかない。俺の異世界生活は始まっていないのだから。
捕食者に痛めつけられる小動物と同じ状況に追い込まれ、それでも俺は生き延びようとまた這いずる。
「っ!? ぃぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
すると、足に切り刻むような痛みが訪れた。バケモノが俺を逃がすまいと片方の足を咥えやがったのだ。
噛み砕かれ、鋭い牙によって足をずたずたにやられてしまう。
それからバケモノは身体を引っ張り、俺は軽く投げ飛ばされてしまった。
「うあ……っ! あ、ぐ……っ」
も、もうダメ……か……。
背中と足をやられ、身体はボロボロ。その上、バケモノは今にも襲ってきそうな様子で興奮しきっている。
どう足掻いても逃げられそうにない。
『ガァルルルル! グアッ!!』
バケモノは吠え、大きな口を開けたまま――
俺の頭をすっぽりと包み込んできた。
生臭く、ぬめぬめとしていて何故か冷たい――生き物としてあり得ない冷たさだ――暗闇の中で、石のように固くでこぼこした物が頭を挟んでくる。棘のような物も当たっている。
「ぎっ……ぃげぶっ!!」
挟んできた固い物体は、湿った闇の中で意識を潰してきた。
G A M E O V E R
――終わり――
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