不明瞭な夜勤
澄岡京樹
とある年の忘年会
不明瞭な夜勤
「あれは俺が〈
魔獣ハンター仲間で忘年会をしていた際、先輩の佐久間さん(アラフォー)がポツリと漏らした。
「そういえば佐久間、前は〈煉獄〉で働いてたんだっけか」
リーダー格である工藤さんの言葉に佐久間さんは首肯した。
「ああ。あれはまだ、不明物質に触れた物体が
「するってーと、動植物がバグって魔獣になることが解明されてなかった頃ですか?」
俺の質問にも、佐久間さんは頷いてくれた。
「ああ。その頃は
魔獣は不明物質に比べればまだわかりやすいデザインをしていることもあって、俺たちハンターや対魔警察が倒すこともできるし一般市民であっても触れることができる。——今や常識となった事柄ではあるが、当時の佐久間さんたちは本当に魔獣を触るのもヒヤヒヤものであったのだろうと思った。
「でな。ここからが本題だ。これは俺が夜勤の担当日だった時なんだが……」
佐久間さんの語り、そのトーンが低くなる。……ああこれもしや、怖い話かな?
「どうせアレだろ? 施設内で魔獣の鳴き声が聴こえる……とかそういう物理的なホラーだろ?」
酒を飲みながら工藤さんが茶々を入れる。俺は怖い話が苦手なので工藤さんのこういうツッコミが本当にありがたい。マジ助かりますって感じなのだ。なのだが、佐久間さんは首を横に振った。否定である。
「いや、魔獣だったらまだわかるんだよ。ありえないことではなかったからよ。でもなぁ、未だに謎なんだよなこれに関しては」
そう言いながら佐久間さんの飲酒ペースが速まっていく。どうやら相当怖かったエピソードのようだ。
……数秒の沈黙を破り、佐久間さんはボソリと呟いた。
「……大穴の中からな、知らない男が出てきたんだよ」
——それはありえなかった。煉獄の地下には基本的にそこの職員しか入れない。知らない人物が深夜帯そこにいることなど本来考えられないのだ。いや、そもそも、そもそもである、
「それ変じゃないですか? だ、だって大穴って底無しらしいじゃないですか。だから落ちたら最後——」
——戻っては来れないはずである。それが常識であった。だが、奇妙なのはそこだけではなかったのだ。
佐久間さんは「今でも不思議なんだが」と初めに言った後、こう続けた。
「そいつさ、『穴の向こうから来た』……って言ったんだよな」
「オイオイオイオイ佐久間よォ! お前寝ぼけてたんじゃねーのかァ!? 大体そんなことあったら一大ニュースだろーがよォ」
工藤さんの発言に俺は何度も頷いた。それが真実、それが真相だと強く願ったからだ。
「それがさ……そいつのことは忘れろって、駆けつけた対魔警察に言われてさ……いや、こんな酒の勢いの時じゃねェと言えなかったわ怖すぎてさ」
——その一言が、俺は何より怖かった。
翌日、ハンター組合の本部から電話がかかってきた。
「崎下くん、昨日は酔っ払っていたようで。何も覚えてないですよね?」
という内容だったので、恐怖で硬直していると、
「昨夜やったっていう忘年会の内容、覚えてないんですよね?」
と念を押されたので「はい」と答えた。答えるしかなかった。
一週間後、同じ仕事で工藤さんと会ったのだが、その話は当然全くできなかった。おそらくだが、工藤さんも俺と同じような気持ちであったのだと思う。
佐久間さんは、忘年会の翌日、行方不明になっていた。
不明瞭な夜勤、了。
不明瞭な夜勤 澄岡京樹 @TapiokanotC
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