バレンタイン編②

「え〜~、いいじゃ~ん。多めに見てよ~。えりりんにも1個あげるから~」

「な⁉ 馴れ馴れしいわね! あなたにそんな呼ばれ方される覚えはないわよ!」


 注意したのは黒髪ストレートに黒縁メガネの委員長風女子の江上だ。一部の信者からは瑛梨子様と神扱いされている。まぁ、俺も運動会のパン食い競争の時は入信しそうになったけどね。着やせするタイプなんだよな~。


「え~~、いいじゃ~ん。もう1年くらいおんなじクラスだったんだし~。距離感つめていこ~よ~。だいたい、えりりんはクラス委員長じゃないでしょ~?」

「くっ! そ......それは言わないでちょうだい......」


 そんな微笑ましい光景を遠目で見ていると特徴的な三白眼の瞳と目があった。


「あ~~、かがやっち~! はいこれ、あげるね~」

「おっ、すまんなサンキュー」


 東咲が俺に気がついて袋から1つチョコを出すと渡してくれた。


「も~、そんな物欲しそうな目で見られたらあげないわけいかないでしょ~」

「あ~そんな目で見てたか? でも良いのか? これって当たりだろ?」


 そう言うと俺はチョコのラベルを見せた。そこにはお買い得袋に1つだけ入っている♡マークがついていた。


 びくっと身体を震わせた東咲はくるっと後ろを向くと、


「イヤー、グウゼン? グウゼンダヨー、ヨカッタネー」


 なぜかカタコトで返事をされた。おかしいな? 耳の先が赤くなってる気がするが......。


「あちゃー! 加賀谷くーん、それはわかってても聞かないのがお約束だよー」

「ん......。鈍感系主人公......」


 後ろから冷やかしの声が聞こえる。なにおぅ。こういうことははっきりさせたいだろうが? 俺たち思春期男子の想像力は旺盛なんだぞ。一瞬先には異世界に転生して無双するんじゃないかって暇さえあれば夢想してるんだからな。ほっとくと小さいことでもつい掛け算して勝手に期待値盛り上げちゃうんだぞ!


 ホームルームまで時間もないので東咲はそそくさと残りのチョコの配給を続けた。受け取る側も10円チョコに深々と頭を下げて有り難く受け取っている。たかが10円されど10円。ゼロか1かの狭間にいる男にとってはまさに死活問題なのだ。ゼロに何を掛けてもゼロだからな。ちなみにカーチャンからの分はカウントしない。まさに配給という呼び方が適切だった。ハイキュー? あれ? たしか東咲ってバスケ部じゃなかったっけ?


「あっ、タカミー、今日の放課後はバスケ部休みだってー」

「オッケー! ほい、よーこりんにもあげる〜!」


 そのとき俺の幼馴染でありクラスメイトでもある陽子が教室に入ってくると、同じバスケ部の東咲に連絡事項を伝えていた。


「ありがと。でもタカミー、今日は朝練の日だったよね?」

「え⁉ いや~~、そうだったっけ~?」


 ひゅ~ひゅ~と音の出ない口笛でごまかす東咲を陽子がジト目で睨んでいる。

 そうだ今日は朝練があるから陽子とは一緒に登校できなかったんだ。

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