4―7
「あの……、すみません。こちらのクラスに水島先輩っておられますか?」
昼休み、滅多にこない3年生の教室の前で出入りしている先輩たちの中から、なるべく優しそうな感じのする女子生徒を見つけ、俺は恐る恐る声をかけた。
「えっ? あぁ~~、美麗ちゃんね。ちょっと待っててね」
一瞬、探るようにニマッとされたような気がしたが、そこはさすがに3年生、年上のお姉さんらしい余裕の所作である。その場でデリカシーもなく大声で呼んで他の先輩たちから「なんだよアイツは? アァン?」などといった注目を集めるようなベタな展開はなく、教室に入って1人の女子生徒の傍までいき、時々こちらに視線を向けながら何やらその女子生徒に耳打ちをしていると、やがてその女子生徒と一緒に戻ってきた。
「水島ですが、何か……?」
連れてこられたその女子生徒、水島先輩が俺に向かって用件を尋ねる。
「はじめまして、1年の加賀谷と言います。美術部の谷口のクラスメイトなんですが、ちょっと美術部のことでお話したいことがありまして。少しいいでしょうか?」
俺はあらかじめ頭の中で準備していた
水島先輩は俺の言葉にイエスともノーとも言わずにただ黙ってじーっと俺を見つめていた。ほとんど感情のない無機質な表情であったが、なんとなく、なんで第三者のお前が美術部のことで話にくるんだ? みたいなことを考えている感じがした。
「例の『憂うつ』の件です」
迷っている水島先輩に俺がそう付け加えると、お人形さんのようだったその目に少し生気が宿った気がする。
「話はどこで……?」
水島先輩は声までとても涼やかで美しい声をしていた。なんなのこの人? 俺は今、地上に舞い降りた天使と会っているのか? 背中の翼が見えないのはきっと俺の心が汚れているからに違いない! 今からでも湘南で紫色のリーゼントにしてくるから、Goodnight My Honey Angel!
「い……いや、あの……っ、すぐ済みますんで、その辺で結構です」
俺は爆走しそうな気持ちを必死に押し殺して、廊下の窓際のほうへ移動すると、水島先輩はコクっと頷いて、数メートルほどの距離ではあったが一緒についてきてくれた。振り返りつつ、ここまで水島先輩を連れてきてくれた面倒見の良い先輩のお姉さんに目礼で感謝の気持ちを伝える。先輩お姉さんは微笑を湛えつつ、声には出さずに口パクで「ガンバレ」と言っていた。いや……だから、そんなんじゃないんですけど? さすがですお姉様。さすおねです。
廊下の窓からは海浜公園の緑とその向こうに広がる海原の景色がパノラマで広がっていた。3年生の教室は最上階にあるため、普段見ている1年生の廊下からの景色よりも海が遠くまで見えて気持ち良かった。いつ見てもずっと眺めていたくなる。
とはいえ、今は目の前にいる天使の生まれ変わりのような水島先輩と向き合わねばならない。あまりジロジロと見るわけにもいかず、視線のやり場に困る。かと言って顔を見ないで喋るのも失礼だ。見たら見たでついぽ〜っと見惚れてしまいそうになるから始末が悪い。
「とりあえず単刀直入に言います。例の『憂うつ』ですが、谷口とあと他の2人の部員にあれの意味を俺から教えてやっても良いでしょうか?」
俺はなるべく凝視しないように視線のやり場に注意しながら、必死の思いで用件を伝えた。
「あなたは、あの意味がわかったの……?」
うーん、良い声だ。頭の中で鐘の音色がしているようだった。視線は外せてもさすがに耳を塞ぐ訳にはいかないがこれはたまらん。
「むしろ、わからないあいつらのほうがどうかしてると思いますが?」
ある程度、美術部の実状を知った上で水島先輩の気持ちも慮り、俺は少しシニカルな言い方で返した。こういう言い方じゃないともう一杯一杯なところもあったからだ。
「なぜ……あの子たちにはわからないのかしら……?」
部活の後輩たちのことだけに責任の一端が自分にもあるかのように受け取ってしまったのか、水島先輩は少し落ち込んだ様子で自重気味にそう口にした。
「さぁ? 昨日少し話しただけなんで的外れかもしれませんが、あいつらは他人から借りた言葉でしか美しさについて伝えることができないように思いました。ひょっとしたらそれが関係しているのかもしれないですね」
フォローすべきだったかもしれないが正直に思ったままのことを言うと水島先輩の視線を感じた。直視できなくてそんな気がしたようなだけだったが、俺の言ったことに少し興味を引かれたようだ。やはりあの後輩たちのことで悩んでいたのかもしれない。
「それがどうしてわからないことに関係するの?」
俺を見つめて問いかけてきた。俺も腹を括って水島先輩と面と向き合う。ぐっ……、余裕でラブコメのヒロイン級の可愛さ且つ美しさだな。こんな天使様がお隣で一人暮らしとかしていて風邪とか引いて看病イベントをきっかけにお近づきなれるようなことは俺の人生には起きないんだろうか? それでもう駄目人間にしちゃってくれよ俺を! いかんいかん。また気持ちがよこしまな方向に流れてしまった。
「だって光は自分でその色に輝くけど、絵の具は単に光を反射してその色を表現しているだけでしょ?」
「……どういう意味?」
余計なことを考えていたせいで、おろそかな説明になってしまったようだな。
「つまり自分自身で伝えられるなら光、他人の言葉を反復することしかできなれば絵の具だってことですよ」
「……だから、どういう意味?」
俺はもう少し言い方を変えて言い直してみたが、それでもまだ水島先輩は要領を得ないようだった。
「赤青黄色の三原色は光なら重ねると白くなりますが、絵の具だと黒くなるだけでしょ? だからあいつら3人は集まっても美しさを輝き照らせるどころか、暗闇で何も見えなくなってるんじゃないかって思ったんです」
そう言うと、ようやく水島先輩は俺が言いたいことを察してくれたようだった。
「でも……、美しさなんて、そもそも言葉にできるようなものなのかしら?」
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