4―6

「まぁ、トッコがいいって言ったんなら、別に見せてあげてもいいわよ。けどアンタも物好きね。ヒマなの?」


 まさに匂い立つようなツンだな、これをデレさせたらストーリー的には面白いのかもしれないが、あいにくカッキーこと柿島女史は俺の好みのタイプではなかった。おしい。内面はなかなか美味しそうなキャラに思えるのだが外見も大事だよね。やっぱり。


 普段からただでさえ可愛い幼馴染みの陽子で目が肥えてしまっているというのに、ここ最近高校に入ってからは、黒髪黒縁メガネで委員長美少女の月曜からたわわな瑛梨子様や、食いしん坊だがその分発育の良い身体とネコ科のようにニャッとした三白眼が妙に惹かれる東咲といったレベルの高いクラスメイトの女子たちのおかげで、俺の目はすっかりヘビーメタボになってしまった。まさに贅沢病だな。痛風だけにこんな風に言う俺も相当痛い奴か?


 何せ一緒にいる谷口や三好だってそもそもクラスの中ではカースト上位に属する結構な容姿をお持ちなのである。

 谷口は小動物的な可愛さが一部の男子には「甘噛み」したいと言わしめ、三好のほうは髪型が同じショートヘア―である俺のもう一人の幼馴染みの西奈菜穂と似たタイプのアイドル風美少女だ。三好は陸上部のホープでもあり、少し日焼けした肌が健康的な魅力に溢れていて、一緒にいると何だか元気が出る明るい性格もまた男女を問わず人気がある。あと彼女はスプリンターなだけあって、とっても良い御脚おみあしをしておられた。ムフ。


「な……何ニヤついてんのよ! 気持ち悪い!」


 おっと、いかんいかん。寝不足の頭が思わず現実逃避して今年の夏休みのビーチくらいまで幼児退行していたみたいだ。目の前では色気の欠片もない柿島が印象的な濃い眉をしかめていた。チャコと呼ばれていた隣の女子生徒も気持ち悪そうな目で俺を見ているので、俺は今よっぽど間抜けズラをしていたに違いない。


「あー、ところで柿島さんがカッキーで、谷口が燈子だからトッコなのはわかるけど、なんでサガワさんはチャコって呼ばれてるんだ?」


 俺は気まずさを隠すようにそんなどうでもいいことを口にして誤魔化した。


「私の苗字はティーのお茶に川と書いて、『さがわ』と言います。でもその呼び方は美術部同士でしか使ってないから……」


 茶川さんがそう言って警戒心一杯の顔で俺を見てくる。だーいじょうぶ、心配しなくっても君をそんな呼び方したりしないから。制服じゃなかったら顧問の先生かと思っちゃいそうなんで、つい『さん』づけしちゃうけどね。高1とは思えないほど落ち着き感たっぷりの茶川さんもまた、俺の胸をまったくときめきもメモリアルもさせない安牌キャラだった。リーチもダマテンも張ってないから安心してちょーだい。


「か……加賀谷、こっち……きて」


 ほっとくとまた余計なことを言い出しそうな俺を危ぶんで、谷口が美術室の片隅に置いてある1枚のキャンバスのほうへと俺を誘導した。他の2人も顔を見合わせ、俺のあとをついてくる。


 しかし谷口に名前を呼ばれたのって、もしかしてこれが初めてじゃね? しかも呼び捨てって、やだなんかキュンってキュン死しちゃいそう。


「……チャコ、やっぱアイツなんか変じゃない……?」

「し〜っ! 聞こえるわよカッキー。いざとなったらこのペインティングナイフで……」


 ――オイ聞こえてるぞ。


 ◇


 50cm角くらいだろうか? あとで聞くと10号サイズとのことだったが、白いキャンバスがイーゼルの上に置いてあり、そこには、


『憂うつ』


 と、縦書きで真ん中にバランス良く描かれていた。ちなみにフォントは明朝体風? で『憂』は黄色、『うつ』は赤色。背景には色はなく、ただそれだけだった。


「なんだこりゃ?」


 確かに『憂うつ』には違いないが……。


「これは引退した前の部長が私たちにって最後に残していったレタリング作品です。ちなみにフォントは明朝体じゃなく楷書体ですが」


 茶川さんが解説してくれる。いや、聞きたいのはそういうことじゃなくてさ……?


「タイポグラフィ、タイポフェイスデザインでもあるわね」

「ロ……ロゴタイプデザイン……かも?」

「あぁ〜〜っ! だからそういうのはもういいって!」


 柿島の余計な補足説明に、谷口、お前もいちいち意地張るんじゃねーよ! この負けず嫌いが!


「だからこれが次の美術部の部長選びとどう関係するんだ? ってことだよ」


 確か谷口はこの『憂うつ』が次の部長だと言っていたはずだ。


「前部長の水島先輩が引退するときに次の部長を指名しなかったんです。それで3人で聞きにいったら美術室に置いてあるからそれを見てって……」

「で、置いてあったのがコレって訳よ。アンタ信じられる?」

「ゆ……憂うつです……」


 まったくだ。茶川さんの説明で大体事情が掴め、そのあとの柿島のボヤきに谷口のグチで美術部の状況がおおよそ検討がついた。


「それでお前らはこれを見てどう思ったんだ?」

「私たちがいつもケンカばっかりしてるから、水島先輩は次の部長を指名したくないのかも……?」

「ケンカじゃないわよ! 思想の対立はサロン文化よ!」

「わ……わからない。わかったら……そもそも加賀谷を連れてこない……」


 これは水島先輩ではないが、かなり憂うつだな……。


「別に先輩は学校から消えた訳じゃないんだろ? 意味がわかんねぇんだったら、聞きにいきゃあ良いじゃねーか?」

「水島先輩は無口でとても引っ込み思案なタイプなんです。3年生が1人だけだったから美術部の部長だったんだけど、元々内気でほとんど口をききたがらない人で……」

「アンタが言うように何回か聞いてみたけど、みんなで考えろって繰り返すばっかりだったわ」


 うーん、どうしたものか? 俺は手の甲を額に当ててしばし考え込んだ。


「そうだ、谷口。委員長の林原に頼めよ。あいつならこんなのあっさり解決してくれるぞ」

「く……口きいたことない……」


 お互いに「こいつ使えねー」といった目で谷口と見つめ合う。うーん、どうしたものか?


「わかった。明日の放課後までになんとかするから俺に少し時間をくれ」

「な……なんとか……できるの……?」

「アンタ、ハッタリだったら許さないわよ!」

「何か私たちにお手伝いできることはありますか?」


 3人が期待に満ちた眼差しを俺に向ける。


「いや、特にない。とりあえず眠たいんで、早く家に帰って寝たい」


 俺は美術室から放り出された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る