4―8
「そう言えば、ところで谷口」
「……?」
昼休みの終わりかけに、俺は自分のクラスまで戻ってくるなり谷口に話しかけた。
「谷口や茶川さんや柿島の予定がOKなら、昨日言ってたように今日の放課後に例の件なんとかするから、みんなに美術室に集まってもらうように連絡してくれないか? あとそのときに用意してもらいたものがあるんだが」
俺はそう言って、いくつか必要なものを谷口に伝える。
「だ……大丈夫、問題ない……みんな今日の部活に参加予定だし……、美術部にあって当然のものだし……」
「わかった。じゃあまた放課後にな」
言い方が多少気になったが堕天使と戦いにいくわけじゃないしな。むしろ天使様の代役だ。さすがに昨夜はぐっすり寝たおかげで、今日の俺の頭はスッキリ冴え渡っていた。
◇
「それでは今からこの『憂うつ』という作品について俺なりの解釈を説明したいと思う」
放課後となり、美術室に集まってもらった3人の部員たちの前で、俺は谷口に用意してもらった絵の具とパレットや絵筆を手に説明を始めた。
「まずこの作品の位置づけの確認だが、水島先輩は次の部長を誰に指名するかをお前たちに聞かれ、この作品を見て考えろと答えた。つまりそのヒントがこの作品には隠されていると言うことだ。まずここまではいいな?」
俺は3人を見渡した。特に異論はなく、みんなそれで良いといった感じだ。
「そうするとこの作品にはその部長になり得る候補である現部員の3人、つまり谷口に柿島、茶川さんを示唆するものが含まれているはずじゃないか? 俺はそんな風に考えた。それも問題はないな?」
「私だけ『さん』づけされるのが少し引っかかりますが、とりあえず……まぁ良いです」
チャコこと茶川さんが若干不満そうに口にしたが、ここは華麗にスルーすることにしておく。
「さてそれでは、この『憂うつ』だが、『憂』は黄色、『うつ』は赤色で書かれている。で、キャンバスのサイズは10号。じゅうごうは重合、重ね合わせるとも呼ぶことができる。ちょうどキャンバスに塗られた黄色と赤色の絵の具の量はそれぞれこれくらいだよな?」
おれはそう言って、手に持った黄色の絵の具とほぼ等量の赤色の絵の具をパレットの上で重ね合わせそれを絵筆で混ぜた。
「さあ谷口、これは何色だ?」
「お……オレンジ……色」
美術部員が相手なので別に実際に色を作らなくてもわかっただろうが、一応実際に目の前で作ってみせた色は確かにオレンジ色だった。こういうのは雰囲気が大事だからね!
「そうオレンジ。橙色とも言う。燈子、お前の色でもあるわけだ」
「ちょと待ちなさいよ! いくら何でもこじつけでしょ! そんなの」
柿島が横から口を挟んできた。俺の説明があまりに短絡的すぎて呆れているようだった。谷口が部長というのも気に入らなかったのかもしれない。ちっ、せっかく谷口が急に下の名前で呼ばれてドギマギしてるのを見てたのに邪魔をしやがって。
「まあ待て、話はこれからだ。一方で『憂』は一文字、『うつ』は二文字だ。これを黄色1に対して赤色2の比率の意味だと解釈すれば、ここにさっきと同じくらいの赤色をさらにつけ足してやれば良いことになる」
俺はそう言って、パレットの橙色にさっきと同じくらいの分量の赤色を足してそれを混ぜた。
「柿島、これは何色だ?」
「う……っ、赤みがかった橙色よ……」
濃い眉を眉間に寄せて言いにくそうに柿島がわざと素直じゃない返答をする。面倒くさい奴だ。
「どうした柿島? 美術部だろ? 遠慮するなよ。俺の知識が確かならこれは柿色と言うはずだ。つまりは柿島、お前の色ということだな」
「じゃ……、じゃあ、アンタはあたしが部長に指名されたって言うわけ?」
柿島が少し焦った顔をして食いついてきたが、俺は首を横に振った。
「まだ話は終わっていない。最後にこの『憂うつ』という言葉だ。憂うつは英語にすればブルー。つまり青色になる。この柿色に青色を重ね合わせてみるとしよう」
俺はパレットの柿色に青色の絵の具を足してそれを混ぜた。
「茶川さん、これは何色だい?」
「茶色です……」
みんな美術部だから混ぜる前から答えはわかっていたのだろう。それが茶色に変わった結果についてはまったく驚きはなかった。
「じゃあ、結局、チャコが部長っていうのが正解だってこと……?」
柿島が聞いてくる。最初の勢いに比べるとすっかり大人しくなった感じだ。本能的に何かを悟ったのかもしれない。これは茶川さんや谷口についても同様で、さっきからずっと黙って水島先輩の『憂うつ』を見つめ、何かを感じ取ろうとしているように思えた。
「確かに全部混ぜれば茶川さんの茶色になるな。正解はそうなのかもしれない。ただな、今順番に証明してきたように、この『憂うつ』には谷口や柿島、お前たちの色である橙色や柿色のエッセンスも織り込まれている。つまり俺の解釈ではこれは今の美術部、その3人であるお前たちを象徴するものでもあるんじゃないのか? と言うことだ」
そう言って、おれは3人を見渡したあとキャンバスを親指で指した。
「そして、ここに描かれているのは『憂うつ』だ。水島先輩は憂うつなんだよ。お前ら3人のことを憂いているんだ。その意味もおそらくこの作品には含まれていると思うんだ」
3人とも下を俯いていた。
「聞いたような言葉を並べて屁理屈ばっかり言ってるが、素人の俺でもできるような作品解釈すらできないお前たちに、たぶん水島先輩は言葉じゃなくて、美術部らしくこの作品で自分の気持ちを伝えようとしたんじゃないか? まぁ、あとはお前らだけで考えるんだな。これ以上あんまり水島先輩に心配かけんなよ」
俺はそう言い残すと3人を置いてさっさと美術室をあとにした。『憂うつ』の意味は美術部員3人の名前を聞いたときに直ぐピンときた。なんでコイツらわかんないの? とも思ったが、俺に変に細かい美術の知識がなかったのが良かったのかもしれない。むしろ問題は水島先輩を差し置いて俺がネタバレしてしまっても良いのか? ということだった。
俺は歩きながら今日の昼休みの水島先輩との会話を思い出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます