4―3
「あ゛~~」
今日何度目のため息だろうか。
「どうしたの? 今日はなんだかおかしいよ……?」
一緒に登校していた陽子が少し心配そうな顔をして聞いてくる。ほぼ3年越しの初恋が昨夜無残にも散りましたー。などと幾ら気心の知れた幼馴染みでも異性の同級生に、ましてや同じ高校に通うクラスメイトに対して言える訳などあろうはずがない。
昨夜は落ち込みまくった気持ちが逆に振れて、突然頭に浮かんだ詩をノートに書き殴っては一晩過ごし、ほとんど寝ていなかった。書き上げた詩をあとで小説サイトにでも投稿してみようかしらん? それでもこの気持ちは当面収めることができそうになかった。
そんなこんなで、たとえ俺の中では一つの世界がこの片隅で終わりを遂げていたとしても、次の日になれば陽はまた昇る。学生の本分があるため、学校にいかないわけにはいかない。
「いや、なんでもないっス」
平気な素振りでポーカーフェイスを装うが、心配してくれる心づかいに内心は胸がジンとしていた。
――あかーん、今そんなん優しくされたら惚れてまうやろ~?
涙ぐみそうになるのを必死にこらえ、いつものように水平線に目を向ける。いつもそうやって遠くを見ているお陰で俺の視力は両目とも1.5だぜ。朝日が反射した水面が寝不足の眼に眩しい!
俺の中の陽子の株も Rising Sun であったが、さすがに昨日の今日で心移りしてしまう程の節操なしではない。
新條が昨夜、聡い彼女が心を痛めながらも誤魔化したり曖昧に引き伸ばしたりせず、しっかり神判を下してくれたことがせめてもの救いだった。しかも有り難いことに涙まで流してくれるなんて……幾ら彼女が慈愛に満ちた優しさに溢れる女神だったとはいえ、それだけ俺の真剣な気持ちが彼女の心にしっかり届いていたからに違いない。たぶんそうだと信じよう。あれ? じゃあ俺はそれでも振られちゃったわけ? ぐっ……、やっぱり当分立ち直れそうにないなこれは――。
「あ゛~~」
今日何度目のため息だろうか。せめて彼女が毎回男と別れるたびに涙するような涙の女王ではないことを祈ろう。俺もポラリスを見失ったりしないからね。ついでにご都合主義的にトラックに轢かれたりしないようにも気をつけなきゃ。
ちなみに同類憐みの令ではないが、同志山崎も中学時代に失恋を経験している。あいつの場合は別々の高校に離れるということで、卒業式の日に想い人への告白を決行してあえなく玉砕していた。今思えば俺も躊躇せずにそうしておけば良かったと後悔する。だって、あの時ならまだイケた気がするんだよ〜。まだまだ未練タラタラでダメダメな俺だった。しかし、まぁ、自分の気持ちから逃げずにやるだけやったことで一旦これで区切りはつけれたように思う。はぁ~~、でもショックだ~。
すっかり気弱になってしまった今のハートなら、誰かに告白されたら好意がなくても博愛精神だけで付き合ってしまいそうだ。まー、もしそれでお付き合いすることになったとしても、それを遮る操はもう俺にはない訳で――。振られたばかりでそんなことを考えてしまう自分が打算的で不誠実な気がしてまた嫌になる。
「あ゛~~」
今日何度目のため息だろうか。
陽子はもはや何も言わず、代わりにジト目で俺を眺めてくるだけだった。そうそう、お願いだから優しくしないで、今はまだ。
きっと今日そうやって、つい傷つけてしまってばかりいる大事な人に癒してもらえるだろうと、心のどこかで保険をかけていた自分の甘えに自己嫌悪を抱いてしまうと思うから。でも、もしこれが運動会の前だったら、そのあとの2人の関係は今とは少し変わっていたかもしれない……。
――タイミング悪る! 俺。
◇
「かがやっち~、どうしたん? 暗い顔して~」
休み時間に東咲が絡んできた。お前聞くなよ~、今それを。と思いながらもどこかで聞いて欲しそうな顔をしていたのだろうか? もしかして、かまってちゃんなのか俺は?
「いや、なんでもないっス」
平気な素振りでポーカーフェイスを装うが、ニャッと細くなった三白眼はそれを許してくれなかった。
「う~~ん? どうしちゃったのかな~? よーこりんとケンカでもした?」
「ち……痴情のもつれ……?」
隣の席の谷口が冗談とはいえ今の俺には言ってはいけない一言を言ってしまった。
「はぁ⁉ 何言ってんのお前⁉」
自分でもちょっと芝居がかった訝しげな顔で突っ込みを返す。
「はいはい、加賀谷くーん、どうどう」
すかさず三好が宥めに入ってくれたが、ネタの通じなかった谷口がびくっと首をすくめて縮こまってしまった。どこか小動物っぽい奴だ。その割に顔に似合わず結構グサッとくることをさらっと言うんだよな……コイツ。まぁ、そういう性分なだけで悪気はないんだろうけど。
谷口と俺とは先日の席替えで隣同士の席になっていた。そのため谷口と仲の良い東咲や三好がこうやって話しかけにくるようになり、最近は休み時間になると俺の席の周りが割と賑やかしい。廊下よりの壁際の真ん中のほうの席なので溜まりやすい場所ではあるのだが、お前らこの前まで東咲の席に集まってなかったか……?
ちなみに、東咲のさっきの「よーこりん」とは、最近同じバスケ部になった陽子のことである。ただ、最初からではなく途中から入部したこともあり、クラスにおいての仲の良いグループはあらかた決まってしまっていたため、あまり2人がクラスで絡むようになった素振りはなかった。それでも相性で呼び合う程度には親しくなったのだろう。
一方で俺と谷口は席が隣になっても、東咲や三好がいないときに2人で会話をするようなことはなかった。むしろ今に始まったことではなく前々から少し怯えられているような気さえする。
「悪い。今日はちょっと寝不足で調子悪くって」
これ以上怖がられても心外だ。不本意ではあったが俺はすぐさま謝った。
「あっ? そーだトッコ。そーいえば、あの話聞いてみたらどうだろう? ねぇ、加賀谷くーん」
あまり細かいことは気にしない三好のことなので、別に取りなす気があった訳ではないと思うが、その一言で結果的にその場の話の流れが急に変わることになった。
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