4―4
「なんだよ? その話って?」
「うーんとね、次の美術部の部長選びの話だよー。ほら、トッコ」
そう言って、三好が谷口に説明の続きを促す。
「うっ、そ……その、部長が……引退で、つ……次の部長を指名してくれなくて……、な……なぜか代わりに『憂うつ』が描いてあって……、そ……それが次の部長だって……」
――うん、わからん。
「悪いがなんのことだかさっぱりわからん。あと、ちょっと聞いただけで面倒くさそうな香りがプンプンするし、ちょっと今はそういったことに構ってられる余裕がないんだわ。すまんけど」
俺の第六感がどうせこれはロクなことにならない事案だと警鐘を鳴らしていた。
「え~? かがやっち~、相談のってあげなよ~。隣の席なんだし~」
「そーそー。なんかねー、その部長がキャンバスに描いて残したその『憂うつ』っていうのがねー、なんだか秘密がありそうで怪しいの。だから加賀谷くーん」
東咲のほうは話にならなかったが、三好の言ったことは少し気になった。真実が常に最良の結果をもたらすわけではないが、どうしてもそれを求めなければ気が済まない俺の悪い性分がまた首をもたげようとしている。しかし、今回はタイミングが悪かったな……。
「すまんが、ほんっとマジで今日は寝不足でムリ。昨日あんまし寝てないんだわ。ほれ」
俺は人差し指で自分の目の下を指差し、クマ出来てるでしょ? アピールをして顔を前に出した。
「どれどれ? う~~ん?」
東咲がそれを確かめようとして俺の顔をマジマジと覗き込んでくる。近づいた東咲から清涼感のある香りがふわっと届いてきて俺の鼻をくすぐった。制汗剤か何かだと思うが、どうして女の子からする香りは香水みたいに胸がほわっとしちゃうんだろう? あれ? なんか近くね? ちょっ‼ ちょっと待って! ちょっと近いんだけど! それまで寝不足で半分ぼーとしていた頭が一瞬でクリアになった。
ぎょっとした顔で慌てて少し後ろにのけぞると、東咲も接近しすぎたことに気づいたらしい。はっとしてさっと離れると、揺れたポニーテールが微かに残り香を漂わせる。くんかくんか。
東咲は顔を朱くして視線をそらしながら、
「た、確かに、なんかいつもより、眠たそーな目? してるかも⁉」
左肩の前でポニテの毛先を指で弄りつつ、かろうじて体裁を整えるようにしてそう言った。
「だっ、だろ? だからちょっと今回は……」
「だーいじょーぶ。だったら、このあとの授業、全部寝て解消しちゃえば良いんだよー」
俺も動揺をごまかしながら返事をしようとしたが、その言葉を遮るように三好が横から割って入ってくる。何ニマニマしてやがんだコイツ……?
「いやいや、学生の本分は勉学でしょーが? 何を仰ってるんですかあなたは?」
清々しいほどに一片の迷いもなく言い切るもんだから、思わず「そっかー」って肯定しそうになったよ⁉
「はぁ⁉ なーにいってんのおまえ⁉」
三好がさっきの俺のお株を奪うように悪戯っぽい顔で俺に突っ込みを入れる。
「どーせ、そんな寝不足の頭で授業聞いてたって、頭に入らないでしょ?」
そのまま、ニコッと明るく笑ってオチをつけられた。ただでさえHPが下がっているところに毒気を抜かれた俺は、反論する気力まで削がれてしまい、ガクッと
――まぁ、違うことで気を紛らわしてるほうが少しはマシかもな……。
◇
「じゃ、そーゆーことで、あとはよろしくねー」
放課後となり、あれだけさんざん人を煽っておきながら、そう言い残すと三好はとっとと陸上部の部活のほうにいってしまった。
「かがやっち~、どうする~?」
こちらは付き合ってくれるつもりなのか東咲が聞いてくる。なんやかんや言いながら面倒見のいい奴だな。
「そうだな……」
結局、小心者の俺は授業中に堂々と寝ることもままならず、まだスッキリしない頭をモヤモヤさせながら、
「まー、とりあえずその部長の残した例の『憂うつ』とやらを見せてもらおうか?」
谷口に向かって伺うように聞いてみる。谷口はコクッと頷くと、
「じ……じゃあ、び……美術室まで一緒にきて……」
そう言って席を立った。
「オッケ~。じゃ~いってみよ~」
のほほんとそう言って東咲も立ち上がると、
「ちょっと、タカミー⁉ 部活だよ! いかないの⁉」
そのとき、聞き慣れた幼馴染みの声が飛んできた。ただし俺ではなく東咲のほうにだった。
「えっ? あ~~? よーこりんさぁ~、ちょ~っと遅刻してってもいい~?」
びくっと反応したあと、気まずそうに東咲が恐る恐る、先日めでたく同じバスケ部になった陽子に許しを乞おうとする。コイツらいつの間にこんな関係になったん?
「ダメだよ! 試合近いんだから! すぐにゲーム形式の練習に入るし、タカミーが入らないと練習にならないことぐらいわかってるでしょ⁉」
普段は童顔で可愛いらしい大人しげな「よーこりん」であるが、昔から、こと体育系に関することになると熱血スイッチが入るんだよなー。だから二人三脚組みたくなかったんだよ……。
「あ~~、トッコ、かがやっち~、悪いんだけど~」
こちらを向いた東咲がすでに選択の余地はないことを暗に伝えてきた。
「えっ……」
「へいへい、わかったよ。さぁ、いっといで」
谷口が戸惑っているが仕方あるまい。この場を治める万能薬は、東咲、お前が部活にいくことだ。
「ごめんね恵くん。タカミーと何か用事だった?」
こちらを気遣う口調とは裏腹に、陽子がジト目で睨んでくる。
「いや~、別に大したことじゃないからお気になさらず連れてって。部活頑張れよ」
「うん! ありがとう」
「よし。じゃあ、頑張っちゃお~かな~」
最後のは陽子に言ったつもりだったが、なぜか東咲までやる気を出していた。少しムッとした陽子がそれでも東咲を連れていき、俺と谷口の2人きりになってしまった。
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