2―10

「あっ……アンタ、なんてこと……!」


 夏祭りの夜。遠くから祭囃子の太鼓や笛の音色が微かに聞こえてくる。俺たちはようやくたどり着いた山腹にある神社の前でとんでもないところに遭遇してしまった。汗は知らない内に冷たい汗に変わっていた。


 ――直樹くんが賽銭泥棒?


  姉である西は相当ショックを受けているようだった。まぁ、無理もない話だろう。


「どうして……こんなこと! 理由を言いなさい‼」

「姉貴には、関係ない……」


 青くなってガタガタ震える西に、直樹くんが素っ気ない声で淡々と答える。


「直樹! アンタっ‼」


 その態度に一瞬で頭に血が上った西が直樹くんに掴みかかろうとして前に出る。

 するとそのとき、茂みの中からガサッと音がして、突然、飛び出してきた少女が2人の間に割って入った。


「待ってください‼」


 飛び出してきたのは山崎の妹の弥生ちゃんだった。


「弥生⁉」

「エッ、お兄ちゃん⁉ なんでここに⁉」


 山崎が叫ぶと、弥生ちゃんも驚いた顔で一瞬、山崎のほうを見た。しかし、


「弥生ちゃん! どいて頂戴‼」

「駄目です! どきません‼」


 弥生ちゃんは剣幕を変えて叫ぶ西のほうにすぐに向き直ると、両手を広げて通せんぼをした。


 するとそこに、さらに奥のほうから飛び出してくる人影があった。


「待って! 奈菜穂ちゃん。誤解だよ‼」


 飛び出してきたのは、俺たちの幼馴染みである陽子だった。事態がますます混沌としてきた。

 その後ろからは前島と江上も現われる。

 江上はやれやれと言った感じで、少し疲れた表情をしていた。


「取りあえず奈菜穂ちゃん、落ち着いてこれを観て! 前島くん、お願い」


 陽子に頼まれ、後ろからついてきた前島が自分のスマホを取り出すと、それを西や俺たちに見えるようにして、録画した動画を再生し始めた。そこには、


 ――途中からではあったが、俺たちが今いる神社の賽銭箱の前で、棒で中を突っついているところの中学生くらいの不良っぽい3人グループの少年たちの姿が映っていた。


「おい、どうだ?」

「くっ……! 賽銭箱の入れ口の板が斜めになってて、棒が真っ直ぐ下に入らねー」


 グループのリーダー格に見える少年が、自ら棒を操って賽銭箱と悪戦苦闘している。

 横にいる少年がそれを気遣うようにして、見守っていた。


「なら、こっちの端のほうから入れてみたらどうだ?」


 スマホのライトで手元を照らしていた、もう1人の少年のほうが、そう進言する。


「いやっ……そっちの端っこのほうにあるんだよ……」


 リーダー格の少年が、そう答えようとしていた、まさにそのとき、


「おい‼ お前ら! そこで何をしている!」


 少年たちの前に、直樹くんが、ライトの点いたスマホを片手に、叫びながら飛び出してきた。

 よく見ると、手に持っているスマホは録画中を示す赤いランプも点灯していた。おぉ、前島、最新のスマホは動画カメラの性能もやっぱ高いのう。


「おっ……お前は、西⁉」

「馬鹿! 大声で騒ぐな」

「ヤバい、早くズラかれ!」


 不良風の少年たちは、ガムが先に付いた棒を放り捨てると、脱兎のごとくその場から逃げていった。


「お前ら! 今のはしっかり証拠を撮ったからな!!」


 その後ろ姿に向かって直樹くんが叫ぶ。そして、少年たちが逃げ去って静かになったあと、落ちていた棒を直樹くんが拾いあげたところで――、


「直樹⁉ あっ、アンタ……」

「あ、姉貴!」


 西の声がして、俺たちがここに来たところの場面シーンになった。

 そこで、前島が動画の再生を停める。


「って、ことだったんだよ。だから直樹くんは悪くないよ。むしろ、悪い奴らを止めようとしていたんだよ」


 陽子が西の背中に手を当てて、事の顛末を今一度、解説してやる。

 動画を見て直樹くんに罪がないことは、一応、把握できただろう。しかし、気持ちの整理がまだちゃんと着かないのか、動揺がおさまらない様子の西は、直樹くんに向かい、


「直樹、なんで正直に言ってくれないの……!」


 そう言って、今度は涙目になって怒った。


 ――真実がいつも、最良の結果をもたらすわけではない。それでも俺はそれを求めずにはいられなかった。


「西、直樹くんがここに来て連中を止めたのは、おそらく偶然見つけたとかじゃない。たぶん知ってたんだろう。そして、どうしてここでそれがおこなわれるか、その計画を知った理由が言いたくなかったんじゃないかと思うんだ」


 俺がそう言うと、その言葉に山崎が続けた。


「西、俺もそう思う。おそらく直樹くんは弥生の秘密を守ろうとしているんだ。その映ってる連中は、以前、弥生と付き合っていたグループの奴らだ。俺や弥生と同じ地域の連中だから知っている」

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