2―11

 時間は少しだけ遡る。


 ――よし、もう脱出はできる。


 小屋に閉じ込められた俺たちであるが、針金を見つけた俺は、一瞬でそう判断した。となれば、まずは目先に迫っていることのほうを先に対処しなければならない。


 俺は横道に逸れてから、いざと言う時のために別働部隊(陽子たち)に指示する内容を素早く書き留め用意してあった、メールの送信ボタンを押した。


 俺の予想が外れてくれていればそれでもいい。

 陽子たちが間に合ってくれれば、俺たちの脱出は後回しでもいい。


 とはいえ、こんなところとは早くおさらばだ。


 俺はさっき江上にもらったガムを噛んで柔らかくすると、それをネックレスの先に付け、ひょいっと棚の間に投げると、針金をガムにくっつけて軽々とゲットした。


 次に、手に入れた針金を釣り針状に曲げると、今度はそれをネックレスの先に付けて、扉の隙間から外に投げ、留め金に引っ掛けてから、ネックレスを上に持ち上げて留め金を上げ、難なく鍵を開いた。


 少し呆れたような、少し安堵したような、山崎と西を連れて小屋の外に出る。

 テキストにすれば数行程度のことではあるが、なんやかんやで、かなり時間を喰われてしまった。

 そのとき、陽子からのメールが入った。取りあえず軽装の前島には全速力で先にいってもらい、陽子と江上にもあとを追ってもらう形にしておいたのだが、どうやらビンゴだったらしい。


「よし、早く神社に急ごう」


 ◇


「西、俺もそう思う。おそらく直樹くんは、弥生の秘密を守ろうとしているんだ。その映ってる連中は、以前、弥生と付き合っていたグループの奴らだ。俺や弥生と同じ地域の連中だから知っている」


 山崎が言う。


 俺は山崎からの情報で、素早く頭の中で話を組み立てた。


 ――事の発端は、元々そのグループだった連中の賽銭泥棒の計画を、弥生ちゃんがなんらかのきっかけで聞いてしまったことだ。で、連中から、黙ってろよと口止めをされた。それで、困った弥生ちゃんは、直樹くんにその計画のことを相談した。


 相談を受けた直樹くんは、自分が現行犯で見つけたことにして、犯行を未然に防いでみせると言う。

 それを聞いた弥生ちゃんが、危ないよ‼ と直樹くんを止めようとする。

 しかし、結局は直樹くんが自分の意見を通したのだろう。


 西が見たRINEは、そういった2人のやり取りの一部だったのだ――。


 弥生ちゃんが抱えてしまった問題にどうケリをつけてあげるか?

 結局、直樹くんは、自分がその場で偶然見つけた振りをして止めに入ることにした。

 彼女が心を痛めているのを守ってやりたかった、ということもあるだろうが、どうしても犯行を見て見ぬふりをすることが許せなかった、というのもあったのかもしれない。

 なかなか勇敢で正義感のある弟じゃないか、西。


 想像力を働かせれば、「神様への捧げもの」がお賽銭という可能性は浮かんでいた。

 取りあえず俺は、何があるにせよ人目の多い本殿ではなく、山腹の神社のほうで起こる可能性が高いと睨み、陽子から前島に、一足先にいってもしそこで何か起こったら、その一部始終を録画してもらうようにメールで指示をして保険をかけておいた。


 そして、今、この状況となった訳である。


「成る程、連中の計画を聞いてしまった弥生ちゃんが、直樹くんにそれを相談し、犯行を未然に防ぐため、ここに張り込んで、現場を押さえたというわけだな」


 俺は賽銭箱の中を目を凝らして見ながら、今回の件がどういうことだったのか端的に説明した。


 その言葉に素早く弥生ちゃんが反応する。


「そうです。直樹くんは、私が元々あのグループのメンバーたちと関わっていたことを誰にも言わないって、私と約束してたから、だからお姉さんに事情を説明したくなかったんです!」


「弥生……」


 直樹くんが、なぜそれを、といった感じで吐き出すように呟いた。彼としても姉に理由を言えなかったのは辛かったに違いない。


「いや、それともう一つ、直樹くんには言いたくない理由があったんじゃないか?」


 俺がそう言うと、みんなが次に俺の言う台詞に注目する。


「2人がお付き合いしてるってことも、言いたくなかったんでしょ?」


 俺がいたずらっぽくそう言うと、2人の顔が赤くなった。

 身内には言いたくない年頃だよね。可愛いものだ。


 張り詰めていた空気が弛緩したところで、江上が聞いた。


「で、結局、不良グループたちはどうするの?」

「取りあえずは、未遂で終わっているし、直樹くんに見つかっているのはわかっているだろうから、もう、むやみに犯行に及ぶようなことはないだろう。しばらく様子を見ることにしたらいいんじゃないか?」


 問題の先延ばしかもしれないが、俺は可もなく不可もない、玉虫色の提案をした。しかし、特に誰からも異論他論は出なかった。


「じゃあ、そろそろ花火にいこうか?」


 前島……稔が、この話はここで終わり、というように宣言する。


「あぁ、この先を登ったところに展望台がある。そこから見ることにしよう」


 俺はその提案に素直に乗っかった。これから予定されている花火大会は、海岸から見たほうが近くて大きく見えるが、人が多くて混雑しており、今からではもう遅い。少し小さくなるが、この先の展望台から見れば空いているし、ちょうど良い感じで見渡せるスポットなのだ。


「ゴメン。私、ちょっとそんな気分じゃなくなったし……。直樹、お願いだから、アンタも今日のところはお姉ちゃんと一緒に帰ってちょうだい……」

「――わかった……」


 残念ながら、西姉弟きょうだいとは、ここでお別れのようだ。彼女の気持ちを慮ると、誰もそれを引き止めようとはしなかった。


 別れ際、西は俺とすれ違うとき、


「ガヤありがとね。また、助けてくれて……」


 少し嬉しそうに、少し寂しそうに、なんとも表現しにくい感じの微笑みで、俺にだけ聞こえる声でそっとそう呟くと、姉と弟、2人して肩を並べて階段を降りていった。やがてその姿が見えなくなる……。


「さてと、じゃあ、俺たちは、あっちから展望台に登って、そっから花火見物とするか。俺と山崎は少し話があるから、みんな先にいっといてくれ」


 それからしばらくして、夏祭りのフィナーレ、花火大会が始まった。

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