2―9

「ガヤ、あんた、そういうとこよ」

「あん? なんのこと言ってんだ?」


 小走りしながら先を急ぐ中、西が何やら言ってきた。


「……この天然ジゴロ」


 小声でブツブツ言っているが、なんのことだかさっぱりわからない。最後に江上が顔を赤くしていたのは西が考えているのとはまったく別の理由だったと思うが……。


「こっちだ」


 俺は祭りの提灯の灯りに照らされた神社の境内の中に入ると、本殿に続く参拝道から山頂に続く脇道へと逸れた。

 俺の予想が正しければ、もっと人目の少ないところを選ぶはずだ。確か広い境内の中にはいくつか社があり、山腹のほうにもあったはず。俺がそこを目指して急いでいると、


「あっ! 加賀谷、ちょっと待ってくれ!」


 急に山崎が俺が登ろうとしていた坂道とは別の横道のほうに逸れて走っていく。何かに駆け寄り、地面に落ちていたものを拾い上げた。


「これは⁉ 弥生の……?」


 俺たちも追いかけていくと、山崎の手には可愛い模様の信玄袋が握られていた。


「山崎! それ、弥生ちゃんのものなの?」

「たぶん、そうだと思う。こっちのほうにいったんだろうか……?」


 その道は山の裏手のほうに続く道で、先は暗くなっていた。


「本来なら、あっちの坂道のほうにいったと思うんだがな? 風でこっちに飛ばされてきたのかもしれない」


 ときどき少し強い風が吹いていた。このあとに予定されている花火大会が中止になりそうなほどではなかったが。


「……加賀谷、すまん。こっちのほうを先にちょっと見てくる!」

「あっ! おい! やれやれ仕方ないな……」


 山崎が裏手に続くほうの道を駆けていった。


 やむなく俺たちも少し遅れてあとに続く。


「あっ! ガヤ! あれ見て‼」


 道の先は祭りの灯りから離れだいぶ暗くなっていたが、ぼんやりと納屋のような小屋があり、その扉が半開きになっているのが見えた。中で何かが動いている気配がする。山崎だろうか?


「山崎! いるのか‼」


 俺と西も小屋の中に飛び込む。


「あぁ、ここにいるが暗くてよく見えねー」

「ちょっと待て、今、スマホのライトで照らしてやるから」

「すげー、それって、写真撮るときしか使えねーのかと思ってた」


 山崎はあまりこういうガジェットには興味を持ってないタイプの奴だった。そのとき、


 ――バタン――


「ヒッ!」


 怯えた西が思わず叫ぶ。

 急に風で扉が閉まったのか、光がまったく入らなくなり中は真っ暗になった。

 

「やれやれだぜ」


 スタンドは出せないが、俺がスマホのライトを点灯して辺りを照らすと、目の前に山崎、斜め後ろには俺についてきた西が立っていた。小屋の中をぐるっと照らしてみると、どうやら物置小屋のようらしく、


 掃除道具のホウキやチリとりなどが幾つかに、三角コーンやロープにバケツ。あとはイベント用のテントのような物などが、棚の上にたくさん置かれていた。


「道はこの小屋に続いていて、ここまでだった。どうやら、こっちのほうには来ていないみたいだ」


 山崎が部屋の隅々に目を配りながら言った。


「早く戻ろう。もうあまり時間がない気がする」


 俺は少し焦っていた。2人を見失ってから、もうかなり時間が経過してきたからだ。


「あれっ! あっ……開かない‼」


 小屋の扉を開こうとしていた西が突然叫んだ。どうやら扉が開かないらしい。


「マジか⁉ 閉じ込められたのかよ!」


 俺と山崎も慌てて駆け寄るが、扉は外から鍵が掛かっていた。


「なんでーー?」


 ここで山崎が少し呑気な声を上げる。こういう時にあまり動じないところが肝が据わっている。


「うーん、風で締まった拍子で上げたままだった留め金が落ちて、鍵が掛かってしまったのかもしれないな……」


 建付けの緩い扉のすき間から見える鍵のところを覗くと、偶然か気まぐれか打ち掛け錠の留め金の板が下がって、U字型の受け金具に挟まっているのが見えた。


「何か薄い板か、針金のようなものはないか? 扉の隙間から上に上げればすぐに開けられる」


 俺たちは手分けして小屋の中を探し始めた。西も自分のスマホを取り出して照らしている。山崎はスマホは持っているが、やり方がよくわからないようで、俺たちの照らす灯りを頼りに探している。


 しかし、小屋の中には肝心の工具箱のようなものが見当たらない。


 ――どうする? 陽子たちに連絡して助けにきてもらうか? 刻々と過ぎていく時間に焦りがつのっていく。俺はさっきから手に持っているスマホをぎゅっと握りしめた。


「あっ、あそこに!」


 ようやく物が置かれている棚と棚との間の細い隙間の奥に、針金が落ちているのを西が見つけた。拾おうとして手を入れようとするが、隙間が1~2cmと狭すぎて奥まで手が届かない。


 ――よし。俺は意を決して、スマホの送信ボタンを押した。


 ◇


 夜の神社。

 海神を祀るわだつみ神社は、漁師たちの航海の安全と豊漁を祈念する神社である。ただ、この地元にはもう一つ竜宮伝説が伝わっていた。

 昔々、釣り針を失くして探していた漁師が海の底にある宮殿にたどり着くと、そこには乙姫と結ばれる美しい女性がいて――。


 何やら浦島太郎のような話だが玉手箱のようなオチはない。

 結局、宝箱の中にあった色とりどりの美しい貝殻を手に入れ、その後も2人は裕福に幸せに暮らしたという言い伝えである。それに因んだ貝守りが有名で、縁結びの神様でもあった。


 階段を上り、ようやく山の中腹にある神社に着いた。

 参拝者が大勢いる本殿のほうではない。いくつかある社の中で俺が一番可能性が高いと思ったところだった。


 俺、山崎、西が、ようやくたどり着くと、その目の先には神社の賽銭箱の前で細い棒を持った少年が立っていた。棒の先端にはガムのようなものが付いている。


 ――賽銭泥棒⁉


 そして、それを持っているのが直樹くんであることに、西が気がつく。


「直樹⁉ あっ、アンタ……」

「あ、姉貴!」

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