2―8

「吉澤さん、どうしたんだい?」

「何? 何かあったの?」


 陽子は、西と山崎が2人で夏祭りの中を歩いているのを見つけると、嬉々とした表情で、それでも声は上げずに、両手を上下にバタバタさせながら1人で興奮していた。女子はこういうの好きだねー。

 前島と江上が何があったのかといった表情で困惑している。


「あの2人、やっぱり同じ高校になって接近したんだよ!」


 小声ながら、テンション高めの声で陽子が俺にそう話しかけてくる。


「うーん、かもしれないが、どうだろうな……?」


 俺は少し先にいる西と山崎を観察しながら、何か2人に違和感を感じていた。先ずはその恰好だ。まったく気合が入っているように見えない。西は七分袖の薄いグリーンのシャツにショートパンツ、山崎は柄入りの袖口がやや広めなTシャツとジーンズ姿で、どちらも普段着そのままである。さらに2人は夜店にはまったく目もくれず、同じように先を見据えて、お互いに会話をするでもなく、何よりはたから見て、ちっとも楽しそうな雰囲気が伝わってこなかったのである。


「よし……!」

「あっ‼ 恵くん! ちょっと何しちゃってくれてるのよー!」


 意を決した俺は、ダッと人込みの間をかき分けると、山崎の肩をポンと叩き、


「よっ! 何してんだよ、2人して?」


 陽子の制止する声を無視して、堂々と声をかけた。


「おぉっ! なんだ、加賀谷か」

「えっ? ガヤっ? あっ! それに陽子ちゃん⁉」


 驚いて振り向いた山崎と西が、俺と、あちゃーといった表情で、あとを追いかけてきた陽子に気がついた。


「すまん、加賀谷。いや違うんだよ。今ちょっと取り込み中なんだ…」

「あっ! あぁ、山崎! 見失っちゃったよ‼」


 山崎が俺に何かを言い訳しようとしていた矢先、西が山崎のTシャツの袖を引っ張って叫んだ。


「見失ったって、どういうことだよ? お前らさっきから誰かをつけてたのか?」

「加賀谷、悪いが説明はあとでもいいか?ちょっと探さないと……」

「山崎! 早くしないと!」

「えっ……何? どうしたの? 何があったの」


 焦る山崎と西の真剣な表情に、陽子も少し変だと察したようだ。


「待て、山崎、西、この人込みだ。協力したほうが早い。手短でいいから訳を話せ。俺も手伝うから」


 俺の言葉に、お互い顔を見合わせた山崎と西は手短に掻い摘んで事の顛末を話し出した。


 そもそもの発端は、西が弟である直樹くんのRINEをたまたま見てしまったことから始まるらしい。

 そこには、


 弥生『でも、神さまの捧げものに…直樹くん、私、怖いよ』

 直樹『大丈夫だ弥生、俺に任せておけ。じゃ、夏祭りのときに』

 弥生『でも、危ないよ‼』


 ちらっと見ただけなので、細かいところや、その前後のやり取りまでは、はっきりわからなかったそうだが、何やらそんな穏やかではないやり取りが綴られていたらしい。

 で、夏祭りの当日、深刻そうな顔で出ていった直樹くんを見て、心配になった西が山崎に連絡したところ、山崎のほうも妹の弥生ちゃんが、そわそわ落ち着かない様子で家を出ていったという。


「それで、取りあえず夏祭りで西と合流して、幸い直樹くんと弥生が2人で歩いているのを見つけることができたんで、少し離れたところから見守っていたんだよ」


 どうやら、姉と兄の2人して、弟と妹の尾行をしていたらしい。


「ちょっと待て、お前らそもそも、お互いの弟と妹が親密な仲だったことを前から知ってたのか?」


 確かに、西の弟の直樹くんと、山崎の妹の弥生ちゃんは、同じ中学の2年生であったはずで、下の名前が同じ同級生が、どれだけもいるわけではないのかもしれないが……。特定できるもんなのか?

 俺が疑問に思って尋ねると、


「そりゃあ、まぁ……」


 と西が言えば、


「薄々はなー、まぁ身内だし」


 と山崎が頷いた。

 成る程、まぁ中学生だし、そんなもんかもな。付き合っていることを隠したい年頃ではあるだろうが、おねーさん、おにーさんたちの目は誤魔化せなかったようだ。しかし、お前らちゃんと共通の話題あるじゃん!


 内心、突っ込みたい気持ちは抑えて、俺は次に取るべき行動に話を移した。


「わかった。今の話から、やみくもに探すより、少し思い当たるところがある。そっちに、俺と山崎と西で急ぎ向かおう。陽子は浴衣であんまり動きまわれないだろうから、俺が連絡するまで前島や江上たちと指示を待っててくれるか?」

「恵くん! 私も何か手伝いたいよ!」


 陽子が俺の提案に対して食い下がってきたが、


「頼む。いざというときのために、なるべく戦力は温存しておきたいんだ。もしかしたらお前の助けが必要になるかもしれないから、ここは従ってくれ」


 俺がはっきりそう告げると、陽子は下唇をギュッと噛んで、まだ少し悔しさを滲ませがらも、こくんと小さく頷いた。


「よし、前島、急な話で悪いが、俺は昔からの知り合いのこいつらと少し急用ができた。お前は陽子と江上と一緒に待っててくれ。こんな可愛くて綺麗な浴衣女子が2人だけでいたら、悪い虫が寄ってきそうで心配だからな……。ん? どうしたんだ……陽子?」


 俺は先日、海水浴で絡まれていた東咲たちのとの経緯いきさつが一瞬頭をよぎり、よく考えずに素直に思ったことを口にしたのだが、なぜか頷いたままうつむいていた陽子が首まで真っ赤になってぷるぷる震えていた。


「何があったかよくわからないけど、その目は本気みたいだね。わかったよ、恵一けいいち。僕にまかせてくれ」


「……あぁ、頼んだぞ、みのる


 ――物わかりが良くて助かるが前島、『くん』付けしなくていいとは言ったが、下の名前で呼んでいいと言った憶えはないぞ。まぁ、別にいいけどさ。

 とりあえず、こっちも呼び方を合わせておく。


「と、いうことで江上も……?」


 ――江上は顔を赤らめて、ハァハァ息をしていた。いろんな意味で台無しだった。

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