1―9
「――少しは、落ち着いたか?」
それからどれくらいの時間が過ぎただろう。実際は5分か10分くらいだったかもしれない……が、俺には1時間も2時間も経ったように長く感じられた。
真実が世界にとっていつも最良の結果をもたらすわけではない。なのになぜ、俺はいつもそれを求めなければ気が済まないのだろう……?
事件解決の方法としては最低だった。しかし、俺には便利な発明品を作ってくれる博士の知り合いもいないし、テレビドラマなんかの科学捜査班もいない。生徒手帳の件は大した問題じゃなかった。ただ、このまま放っておくと、どんどんエスカレートして、いずれ取り返しがつかなくなるかもしれなかった。やむを得なかったのだと自分に言い聞かせる。
「グス……ッ……、か、加賀谷ぐん、グスッ……、僕は……」
「あーっ、わかった、わかった」
俺は四つん這いの姿勢のまま、まだ半ベソをかいている前島の肩にポンと手をおいた。
「前島、今日の朝、言っただろう? 俺たちは友だちだ」
「グスッ……えっ……?」
前島は怯えるような表情で俺を見上げるとハッと我にかえったような顔をして言った。
「ぼ……僕、そんなお金は持ってないよ! でっ、でも、なんでもしますから許して……」
「ちげーよ! 馬鹿! ほんとに友だちだって言ってんだろ! 誰にも言わねーから安心しろ!」
前島が信じられないといったように、目を丸くして俺を見る。
「ど……どうして……だい⁉」
「必要ないからだよ。陽子は自分で勝手になくして見つかったと勘違いしている。――なぁ、前島? お前、ほんとに陽子のことが好きなんだろ? それでどうしようもなく自分を抑えられなかった……。その形については、いささかどうかとは思うが、それが愛するがゆえに、ってことだったなら……」
俺は肩に置いた手で前島の上半身をゆっくり起こしてやりながら言った。
「誰かを好きになる、その気持ち自体は別に否定しねーよ。むしろ応援する」
前島がポカーンとした顔で俺を見る。
「あー、でも、あれだ。その方向がちょっと歪んだ方向にいっちまったんだ、今回は。そういうふうにするんじゃなくて、やっぱそれは、その想いは、本人にぶつけよう? ちゃんとした方向で。今すぐじゃなくてもいいから。ちゃんとした方向っていうのがよくわからなかったら俺が相談にのってやるから」
「き……君は、吉澤さんと……吉澤さんのこと……違うのかい?」
――また、めんどくさい質問だなと思ったが、仕方ない。
「あーー、まぁ、この際あれだ。俺もぶっちゃけ言うが、陽子とはただの幼馴染みだ。今のところはな。周りがどう見るかは知らんが、そういう関係じゃないし、そういう気持ちもない。この先どうかは知らんけど」
――これは偽らざる俺の正直な気持ちだ。
「で、でも……、ぼ……僕なんか、どうせ……無理に決まってる……」
「たとえもし、それでもだ。内に
そう、だからお前は突き放すのではなく、目の届くところにおいとくほうがいい――。
「知らせれば伝わるもんじゃないが、知らせる努力をしなければ永久に伝わらない。相手のほうの知ろうとする努力も必要だが……、まぁ、とにかく知らせなかったら、勝手に伝わってくれることは絶対にねーよ」
「で……でも、い……今は、今すぐには無理だよ……」
「わかってる。だから今すぐじゃなくていい。俺の友だちになれば、陽子と話すチャンスも増えるだろう。それで仲良くなってから、知らせる努力をするんだ。努力して努力して、ようやく相手に伝わって……、最悪、それでもし駄目だったとしても――」
前島はもう神妙な顔になって俺の話に耳を傾けている。
やれやれ、ようやく泣き止んだようだ。
「伝えないままでいるよりはよっぽどいい。ちゃんとやるだけやって、それで駄目なら、たとえ拒否られても大丈夫だ。いつかはきっと、いい思い出として残るようになる」
「ほ……ほんとかな……?でも、あ……ありがとう。僕、が……頑張ってみるよ……」
自信なさげに前島が涙を拭きながら、それでも前を向いた。
「あぁ、まぁ、いきなりそんな急がなくてもいいからな」
女の恋は上書き保存だが、男の恋は永久保存だ。
想いが伝わるまで知らせずに引きずった後悔と失った虚無感は、保存せずにファイルを消したときの後悔と喪失感のショックの比ではない。だから、慌てずに、でも、しっかりと残せるようにしていこう。
なお、生徒手帳の写真を撮った写真は削除させた。
それとこれとは話は別なのである。
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