1―8

「どうしたんだい? 放課後に、こんなところに呼び出して」


 放課後、先に屋上で海を眺めながら待っていると、しばらくして俺の前に前島が現れた。


「あぁ、呼び出してすまん。ちょっと、お前に聞きたいことがあってな……」


 屋上には俺たち2人の他には誰もいなかったが、俺は小さめの声でも聞こえるように、前島に近づいてから言った――。


「お前さ……? 昨日、吉澤の……陽子の生徒手帳、盗んだだろ? それであとで返しただろ?」


 一瞬、ぎょっとした目で俺の顔を見ると、前島は引きつった顔で答えた。


「な……、なに馬鹿なこと言ってんのさ⁉ そんなことするわけないだろ?」

0716ゼロナナイチロク


 俺がそう口にすると、前島の顔から、さーっと血の気が引いた。


「お前のスマホを開くときのパスコードだ。今朝チェックした。この学校のジンクスで好きな相手の誕生日をパスコードにすると、その恋が上手くいくっていうのがある。ほんと、そんな情報ばっかり耳が早くてあきれるが……、お前はそれが知りたかったんだ」


 生徒手帳には、顔写真、氏名のほか、生徒番号と本人の生年月日の情報が書かれている。


「そっ……それだけで、僕を疑うのかい⁉ そっ、そんなの……! 言いがかりだよ……!」


「生徒手帳が盗まれたのは、昨日の体育の時間だ。わざわざそんなことをする理由がありそうな奴で、体育の授業中にそれが可能だったのは、東咲と、前島……お前だ。誕生日を確認するだけなら盗る必要はなかっただろう……。しかし、それを見ているときに誰かが、東咲か、授業が終わった他の生徒か、先生か、とにかく誰かが来る気配がして、お前はとっさにそれを隠し、結果的に盗んだ――」


 必死に言い逃れしようとする前島に、俺はポケットから出したテープを貼ってつなぎ合わせた、例のノートの紙きれを目の前につきつけた。


「そっ……それは⁉」


「これはお前が書いた字だ。……ほんとは、盗む気なんてなかったんだろ? ただ好きな子の誕生日が知りたかった、純粋な気持ちで……。だから、早く返そうと思った。お前は陽子が昼休みに必死に生徒手帳を探しているのをこっそり見ていたんだ。それで放課後に、きっと担任に報告にいくだろうと思った。その間に戻してしまおうと考えた。しかし、放課後には日直が教室に残ってて邪魔だ。お前は日直の江上をおびき出すために、気づかれないようにこれをあいつに渡したんだ」


「んぐっ……! くっ!」


「今日、俺が江上と話をしてただろ? そのとき裏はとった。江上はこれを告白と勘違いして裏庭にいったそうだ。しかし、誰も来なかった。それでイタズラされたと怒った江上はこれを破って捨てた。短気な奴だからな……。その間にお前は生徒手帳を鞄に戻した。もう1人、可能性のある東咲は放課後は部活をしていたから当然無理だ。盗んだ可能性のある奴で、それを戻すことが可能で、その証拠がある奴。犯人はお前だ」


 ――本当は江上にそんな確認はしていないが、そう思わせればいい。実際はノートの紙きれの下にあった印刷ミスの紙の端にあった印刷時刻が昨日の午後だったから、少なくとも午後以降に捨てられたものだ。東咲とは無関係のものと考えていい。筆跡は江上と話をしながら回収したプリントから、前島の書いた字を見つけて確認した。……江上も確認すれば気づいたかもしれないが、ほんと短気な奴だ。そのくせプライドは高いから、ホイホイ裏庭にいったことを知られたくなく、放課後はずっと教室にいたかのような嘘を俺と陽子についた。実際は保健室にいく前は俺と陽子しか教室にはいなかったんだ。そして、俺たちも保健室にいって誰もいなくなったのを見計らって、前島は生徒手帳を戻した……。


「結果、ちょっとの間だけ生徒手帳を借りて返しただけだ。そんな大げさなことじゃない。俺はただ真実が知りたいだけだ。お前だったんだろ……? 前島?」


 俺がそう言ってやると、前島は観念して自白した。


「くっ……っ、確かに僕だ。僕がやったよ……。でも、君の言うとおりだ。そんな気じゃなかった……。悪気はなかったんだよ……、信じてくれ!」

「なるほど……、よくわかった。信じるよ」


 俺は前島の肩にポンと手を置いた。


「――なんて、言うと思ったか?」


 そう言って、俺はグッと肩を握る手に力を込める。


「えっ! ど、どういう……ことだい⁉」


「生徒手帳で誕生日を見るだけなら一瞬だ。そんなときに都合よく体育の授業中に誰かが教室にやってくるなんてこと、滅多なことであるわけがない。お前が吐きやすいように良い理由をとってつけただけだ。純粋な気持ち? 嘘だな。お前は体育の時間に自由になって、誰もいない教室で1人になって、好きで好きでたまらない陽子の持ち物を衝動的に漁りたい欲求に駆られたんだ。そして、生徒手帳の写真を見てそれが欲しくなった……。しかし、事前に考えて起こした行動じゃなかったからスマホは更衣室に忘れてきた……。だから、あとでスマホのカメラでそれを撮ってから生徒手帳を戻す必要があったんだ!」


 俺が前島の歪んだ性質さがを暴露すると、前島は真っ青な顔をして震え出した。


「そっ……そんなことするわけ……ないだろ……?」


「――朝、お前のスマホを見せてもらったときに、写真フォルダで見た。パスコードはさっき言ったように知っている。昨日撮ったばかりの写真だ。すぐに見つかったよ」


「う、嘘だ! あれは隠しファイルにしてあるから、……ハッ!」


 決定的な証言を聞いた瞬間、俺は前島の胸倉を掴む――、親指を下に向けて。そして180度それを回転させ、絞り上げると、グイっと持ち上げた。


「オラァ! 前島ぁ! てめぇ、ふざけてんじゃねーぞ‼」


 その姿勢のまま睨みつけ、怒鳴り上げ、奴の心をへし折った――。


 掴んでいた手を離すと、前島はヘナヘナと崩れ落ち、四つん這いになってさめざめと泣きだした……。

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