10 出向・万月視点

篁君の長い沈黙が解け、私の脳にまた彼の蘊蓄が流れ込み始め、それが一段落して、彼が自分の眼鏡の縁に手をそえた頃。


鬼が帰ってきた。


皆が手を止め口を閉じる。

小式部ちゃんから場所を聞いた貫之さんが、仕事を振り分けていく。

「処理班に鸕野君と私。要即時処理時は彼女の異能を使う。 次、援護班。実朝君と小式部ちゃん。鬼を付近に放て。」


一方、私は──居残りを言い渡された。

私は、異能をまだ自分の意思で使役できない。

異能以外の仕事も覚えよう──一人うなずく私の隣で、篁君がわめいている。

「なんで行っちゃいけないのさ、空間だって自在に操れるようになったんだよ?」

「お前は小さい。危険だ、止めておけ。」と実朝さん。

「自助もなせぬ子供が?来るだけ足手まといだよ。」これは貫之さん。

「僕だって役に立つもの。爆弾も、僕の異能空間に封印して施設で点火すれば、被害ゼロなのに。」

「誤爆したらどうするんだい?空間修復、私も手伝わされたのだけれど、大変なのだよ?」

主張を続けていた篁君も、貫之さんのこの一言で硬直してしまった。


別当──齢六十二にして朱衛殿の長──彼は、「報告じゃ。追うてはならぬ。」そう言い残し、殿舎を去った。




朱衛殿は六衛府に並ぶ公的武装組織だ、書類上は。

しかし、朱衛殿の真なる武器は、弓矢でも刃でもなく異能。

異能力者がどんなに多く見積もっても、総人口の0,002%にすぎないこの国の器は、彼らと共存するには小さすぎた。

稀有なるものを神から授かりながら、異能力者は裏へ裏へと追いやられ、相当の実績を持ちながら、朱衛殿は陰での活躍を強いられている。

故に多くの者が身を隠し、偽る。

その身を、仲間を守る為に。

朱衛殿もその例に漏れず、異能鎮護組織という存在の責任者──つまり衛士達の上司──について知る者は殿内においてただ一人、別当・菅原道真のみ。

その別当が報告に向かうのは、やはり例の上司の所であり、その場所もまた、秘匿されているのである。




別当が去り、残る一人・友則さんは、当然のように通信母機を手にしている。

その行為は、彼の今回の居残りを物静かに宣言していた。

友則さんは私より年上のはず──私が首をかしげていると、例によって篁君の説明が入った。

「友兄、専門が電子工学なの。それに異能が強すぎて、あんまり使うと友兄の体が持たないんだ。」

あと、ああ見えて之兄の従兄弟で年上なんだよ、とも。

私がその全ての意味を理解した時、解体に出向く四人は既に仕度を終え、扉に手を掛けようとしていた。




四人もまた、殿舎を去った。

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