第41話 シルビア
『Dear シルビア
お変わりありませんか?
母様の我儘で、何も知らせず勝手に家を出てしまいごめんなさい。
私は今、誰にも迷惑が掛からぬ遠い地で暮らしています。
今いる所は何も危ない事の無い平和な地です、私の事など心配せずとも大丈夫ですよ。
多分私はあの屋敷に戻ることは無いでしょう。
いえ、私は戻れないと言った方が正しいのです。
私は罪を犯してしまいました。
この手で主人であるあの人を傷つけてしまった。
詳細はあなたも気が付いている事でしょうね。
あの人はあまりにも冷たすぎたのです、私以外のΩに。
それは自分の息子でもあるエリックにも及びました。
エリックが行方不明になった時の話は聞きましたか?
あの人は行方不明になった己の息子の事すら心配もせず、仕事ばかり気に掛けている。
そんな人間になってしまったのです。
そして私は自分の過ちを息子に擦り付ける、そんなあの人に殺意を抱き、感情のまま近くにあったナイフで刺してしまいました。
もちろん正気を取り戻した私は後悔し、罪に問われる事を覚悟しました。
でもあの人は私を訴える事はしなかった。
その時思い出したのです。
あの人も昔は優しかったのだと。
何時どこで変わってしまったのでしょうか……。
いえ、私がもっと早く勇気を出していればこうならなかったのかもしれません。
あの人ともっと話をし、いくらあの人が疎もうと、あの子の手を取り庇ってあげればこんな事にはならなかったのかもしれない。
でも、いくら後悔しても運命は変わりません。
シルビア、あなたはΩに対して何の偏見も持っていなかった。
どうかそのまま真直ぐに生きて下さい。』
………お母様、違うの。
私はΩを差別をしないのではない。
関わらないよう、無関心になっただけ。
そうすれば誰からも責められず、彼らを憐れむ事も無く、自分の心も傷付かなくてすむから。
あなたの娘は、あなたの思っているような人間では無いの。
ごめんなさい。
でも、やはりお母様は別。
お母様が例えΩでも、何時でもあなたの事を思い、愛しているわ。
『Dear シルビア
季節が変わり、だいぶ暑くなってきましたね。
元気でいますか?
あなたが体を壊していないか心配です。
お仕事の方はうまくいっていますか?
あなたなら大丈夫だと思っています。
…………』
お母様から手紙はそれからも度々届いた。
お母様は自分のいる場所を知られたくないのだろう。
手紙の消印は様々な所からだったけれど、その場所を地図に当てはめれば一目瞭然だった。
それは大叔母様のいらっしゃるルネージュを中心とした周辺の郵便局から。
きっとお母様はルネージュの大叔母様の所にいらして、ご自分の手紙をどなたかに託しているのでしょう。
本当にお母様は、いつまでも可愛い方でいらっしゃる。
暫くお母様からの手紙が来ず少し心配になっていところへ、突然お父様達が失踪したとの知らせが届いた。
慌てて駆けつけてみれば家はもぬけの殻。
その上ライザー家の負債が取り返しのつかない所まで来ている事を知った。
まさかとは思うが、会社を立て直すことが不可能と判断し逃げ出したのだろうか……。
幸いにして残っていた役員が何とか踏み止まり、会社を稼働させているようだが、それも時間の問題。
火の車となった会社は従業員もどんどん退職し少なくなってきている。
それでも残った仕事は滞ったまま山済み状態だ。
「お嬢様、一体どうすればいいのでしょう。このままでは会社はつぶれてしまいます」
そんな事をいきなり聞かれても分かる訳が無い。
内容を把握していないのにすぐに何とかしてくれと言われても困るだけ。
とはいえこの状態なのに残ってくれた従業員には罪は無い。
私はライザーの名を持つ者として、罪のない人を見捨てる事は出来ないのだ。
今ここにライザーを名乗ることが出来る人間は私しかいないのだから。
しかしお父様達は一体どこに行ったのだろう。
権力を誇示したい彼らにとって、この会社は最後の砦。
そう易々と見捨てる訳が無いだろう。
おかしい…彼らに何が有ったの?………。
私のパートナーであるイアンが、私個人の会社の面倒を見てくれている。
暫くはライザーに集中してもこちらは大丈夫だと言ってくれた。
だから私は安心して問題に取り組むことが出来る。
まずは現時点での状況の把握だ。
過去に何が起き、その影響による現状の問題点。
それを元にした打開策。
書類や役員などの証言、その他色々な情報を全ての面から調べ上げる。
その結果、どうあがいても会社を立て直すのは無理だとの結論を得た。
我が家はΩを蔑ろにした結果、ワロキエ侯爵の不興を買い融資を打ち切られた。
そして傾いた会社を立て直す為にランセル銀行より金を借り系列会社であるブレーメン証券より株を購入した。
買ったのは有望株であったカレッツオ鉄鋼。
それは確かにいい成績を収め、我が家にもかなりの恩恵を及ぼしたのだ。
しかしそれも先日まで。
なぜかと言われたら、隣国のエトアニルで大規模な鉱山が発見されたから。
エトアニルは我が国の援助が無ければ既に破産していた国だ。
そこに大規模な鉱山が発見され、援助をしていた我が国にも不足気味だった鉄鉱石が供給されることになった。
高値で取引されていた鉄の価格は安定する見込みとなったのだ。
その鉱山の技術協力はギラン財閥と国が共同で行われることになった。
つまり輸入加工を請け負うのはギラン財閥と国が優先的に行うのだろう。
そうなれば、ほぼ自国の鉄鉱石売買の50%ほどを占めていたカレッツオ鉄鋼が衰退するのは必至。
相手はあのギラン財閥であり国なのだ。
勝てる訳が無い。
当然カレッツオ鉄鋼の株価は下がり、配当金も底値となる。
それならお父様達は新しい融資先を探していたはず、もしくは解決策を求め奔走したのだろう。
その過程で何かが起きた……、その可能性が高い。
調査の結果、一番最後の目撃情報は一月ほど前の港だった。
この状態で舟遊びも無いだろうから、船を利用した方が近いと思われる場所に行くつもりだったと言うのがすじだろう。
一番の可能性はお母様のいる港町のルネージュ。
だがそれもお母様の居場所が判明したとして、今回の問題解決にはつながらない。
まあお父様の心情を考えればその可能性もありえるが、多分それは間違っているだろう。
依頼した調査ではそれ以上の事は分からなかった。
ならば私がしなければならない事はただ一つ。
この状態の会社を放置する事は出来ない。
私は自分の財産を投げ打ってでも会社の整理をすべく行動を起こした。
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