第40話 アルバム

その後アダム様と僕は、僕の部屋として用意されていた所に通された。


「ここはマシューの家ですもの、自分の部屋が有るのは当たり前でしょ?」


お母様が優しくそう笑う。

僕はこんなに優しい人達まで失ってしまうのだろうか。

アダム様は無気力となった僕の世話を焼いてから、二人でベッドに入った。

そして僕をそっと抱きしめる。


「マシュー安心していい。俺は絶対にお前を離さない。もしもマシューの記憶が戻り今迄の事を忘れてしまったとしてもお前の傍には俺がいる。そして周りにはジークも今まで知り合った全ての人達がいる。お前が忘れても俺達はマシューの事を絶対に忘れない」


「僕が忘れてしまっても傍に居てくれるのですか……?」


「当たり前だろう?マシューは自分が記憶を取り戻した時、俺達が離れていくと思ったのか?それは有り得ないな。たとえマシューが離れようとしても俺は絶対にお前を離さない。もしお前の傍らに立とうとする奴が現れても、その立場を俺が譲る訳が無いだろう?」


「アダム様」


僕は安心できる場所にしがみ付き、その暖かさに頬を寄せた。

そうか、そうなってもアダム様は傍に居てくれる。

この腕を失う事は無いんだ。


「だがマシュー、これだけは覚悟しておいてくれ。もしお前が俺の事を忘れ、俺の傍を離れたいと言っても俺はお前を逃がしはしない。どんな事をしてもお前を捕まえる」


「本当に?」


「当たり前だろう。今までお前ほど心から欲したものなど無い。お前を失う事など出来ない。愛しているんだマシュー」


「う………嬉しい!約束ですよ、僕がどこかに行こうとしたら、縛ってでもどんな事をしてもいいから絶対に離さないで下さい」


「マシュー……」


「僕が嫌だと言っても抵抗しても逃がさないで下さい!僕は本当にアダム様の傍に居たいんです。何が有ってもそれは変わらないんです。もし嫌だと言ってもそれは僕の一時の気の迷いです!何でしたらそれを証明する為一筆書きましょうか?僕はアダム様を愛していると、一生アダム様の傍から離れない事を誓う。だからそのためには何をされても構わない…と書いておきましょう。だからその時は本当に何をしてもいいです。僕を閉じ込めてでも納得させてください。牢に繋いでもいいです。絶対に!約束ですよ!」


「お前……自分がいま何を言っているのか分かってるのか………?」


そのあと僕は、なぜかアダム様に美味くいただかれてしまった。大切な話をしていた筈なのにどうしてこうなったのかな……。



次の日の朝、お父様に大丈夫だと報告をし、良かったと頭を撫でられた。

少しくすぐったかったけれど、やはりこの人の傍も安心できる場所だ。


僕達は今日の夜には船と合流するが、それに間に合うギリギリの時間まで家族と共に過ごした。


「船に乗ればすぐに仕事に就くのだろう?」


「えぇ、誰かさんのおかげで休む間もない。有能な副官を持つと苦労しますよ」


「それは褒めているのですか貶しているのですか」


「さあな」


うん、いつも通りの二人だ。


「そうだマシューこれを渡しておこう」


お父様から手渡されたのは一枚の名刺。


「私の名前と連絡先が記されている。裏の白い部分に”何か有ったらここに連絡する事”とでも書いておきなさい」


それを聞いたアダム様とジーク兄様が、それなら俺もとそれぞれの名刺を差し出した。


「何か有った時の連絡先がこんなに沢山有ったら、かえって混乱してしまいそうですね。でもありがとうございます。」


実は名刺と言うものを貰ったのは初めてなんだ。

僕はそれが嬉しくて名刺を宝物のように大事にしまった。

これは無くさない様にいつも身に付けておこう。




その日は僕に、思わぬプレゼントが有った。


「マシュー、これはあなたにプレゼントよ。」


そう手渡されたのは一冊のアルバム。

急かされるように開いたそれの1ページ目には、生まれたばかりの赤ちゃんの写真が有った。

そして2ページ目にはその子を抱いた女性の姿が映っている。


「これはケネス兄様ですか?」


「違うよ、これはマシューのアルバムなんだぜ」


「僕のアルバム?どうして……」


そう言えば以前、ジーク兄様が僕の写真を持っていたっけ。

一体どうやって手に入れたのだろうと思っていたのだけれど……。


「実はね、これはジークフリードさんが用意して下さったの」


「ジーク兄様が?」


「えぇそうなのです。実はよく見なければ分かりませんが、これは実際の写真を基にした精密画ですよ」


えっ?本当に?

そう言われればそう見えない事も無いけれど。


「でも僕の小さい頃の絵はどうやって描いたのですか?」


「その辺は今のマシュー君を見てね、画家の想像の産物です。」


すごい!すごいです。

写真にしか見えないその絵が楽しくて、僕は次々とページをめくる。

赤ちゃんの頃の僕、幼児の頃、学生の僕、一人の時も有るけれど、家族と一緒に映っていたり、ジーク兄様との写真も有った。


「なぜおまえとマシューが一緒の写真が有るんだ」


「いとこ同士ですからね、当たり前の事です」


そうですね。

僕とジーク兄様は従兄弟となっているから写真が有っておかしくないだろう。

でもそれを知っても、アダム様はまだご機嫌斜めのようだ。


「大人気ない人ですねぇ。ちゃんと有りますよ、あなたとマシュー君の写真も」


ジーク兄様の手が横から伸び、次々とアルバムのページをめくっていく。

そしてその最後のページに、確かにアダム様と僕の大きな写真が有った。


アダム様は黒い軍服を着ている。それも正式な時に着る立派な方で、胸には勲章を幾つも付けていた。そしてその横に立つ僕はアダム様の服によく似た形の白い軍服を着ている。胸には勲章を模した綺麗なブローチが付けられていた。

そしてその手には見事なバラのブーケが………。


「あなた方の結婚式の写真です。本物の式はいつ上げれるか分かりませんからね、一足早く写真だけでもと思いまして描かせました」


「ち、違います、これは僕じゃない、僕はこんなに綺麗じゃ有りません」


確かに僕に似ているけれど、僕はこんなに美しくない。

でも僕がそう叫ぶと一瞬周りの人が固まり、その後は各々笑い出す。

なぜ笑われるんだ?僕は何もおかしい事など言っていないだろう?


「ブワッハハハ……マシュー、お前鏡って知ってるか?」


「相変わらずマシュー君はブレませんね」


その後も僕達は、モーガンが出してくれたお茶を飲みながら、楽しい時間を過ごした。





「ジーク、お前確かアルバムを3冊作ったはずだな。一冊はマシューが持つとして、あと2冊はどうしたんだ。」


「もちろんエイムズ家に置いてきましたよ。確かにマシュー君があそこで生まれたと言う証拠を残す為に」


「出せ」


「何をですか?」


「とぼける気か、もう1冊のアルバムをだ」


「嫌です、あれはマシュー君の従兄弟である私のものです」


「つべこべ言うな、さっさと出せ!」


「絶対に嫌です。あなたの家にはマシュー君のアルバムが有るからいいじゃないですか」


「最初の予定と違うじゃないか。俺とマシューとお前の物として3冊作ったはずだ。それをお前が勝手にエイムズの家に置いて来たんだ。だったらお前の分を置いて来るのは当然だな。したがってお前のは無しだ」


「どう考えても1家に1冊しょう。あなたの家にだけ2冊など有り得ませんよね」


「うるさい、どうでもいいから俺の分を出せ!」


「ほぅ、喧嘩を売るつもりですか?いいですとも受けて立ちますよ、なに私に取って事は簡単です。マシュー君に一言いえばいいのですからね」



========



はい、この勝負はジークの勝ち

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