第38話 モーガン
物凄い勢いで扉を開け、きつく僕を抱きしめるアダム様。
その後のアダム様はいつにも増して僕を気遣い、片時も傍から離れず今に至る。
僕はきっと、またアダム様に心配をかけてしまったのだろう。
応接室に揃ったのは、先ほどの紳士と、女性と、僕よりちょっと年上の青年。
後はジーク兄様と、僕に寄り添うように座るアダム様。
「おかえりマシュー。家族の事は聞いているかい?」
「はい。えっと…た…だいま帰りました?クロードお父様」
それから
「ただいま、ミディアお母様、ケネス兄様」
僕は間違えないように気を付けながら、それぞれの人に挨拶をした。
「お帰りなさいマシュー、あなたの帰りを首を長くして待っていましたよ」
優しそうに微笑んでくれるミディアお母様、でもケネス兄様はなぜか不機嫌そうだ。
やはり僕がここに来るのはいけない事だったのかもしれない。
「お前さ……」
ゆっくりとケネス兄様が近づいてくる。
「遅すぎなんだよ。せっかく兄弟が出来たと楽しみにしていたのに、ずっと待たせやがって。おまけに時間なさすぎ、俺はお前を連れてあちこち案内しようと計画を立てていたのに、明日にはもうここを発つんだって!?」
「ご、ごめんなさい」
ぐるりと回ってきたケネス兄様にデコピン…されそうになったけれど。
アダム様が素早く防いでくれた。
「と、とにかく、今回は時間が無いみたいだけど、またすぐ帰って来いよ……」
「ありがとうございます」
「それと敬語禁止!俺達は家族なんだし、ここはマシューの家なんだからな」
「残念だな、マシューの家はちゃんと他にある」
「それでも!ここはマシューの実家だからな!」
なぜか一触即発状態の雰囲気。
僕が原因のような気がするけれど、だったら尚更仲たがいをさせる訳にはいかない。
「アダム様、僕はいつまでもあなたの傍を離れませ…なくてもいいのですよね?」
「マシューこの期に及んで何を言っている。俺は何度も言っただろう?一生離さないと」
「はい!だから僕はアダム様とずっと一緒にいます。だけどここは僕の家…実家だから、アダム様が皆さんと仲良くしてもらえないと、僕はまたここに来ることが出来なくなってしまいます」
アダム様は僕から目を逸らし、眉間を軽く掻く。
知ってる、これは彼が少し後悔している時の癖だ。
だから僕はニッコリと笑いアダム様の暖かい手を握る。
僕が最優先するはアダム様なんだから、何も心配することは無いのに……。
今この人たちは僕を家族としてちゃんと受け入れてくれている。
僕をΩとしてさげすまないし無視もしない。
ここは僕がいてもいい場所なんだ。
「旦那様、夕食のご用意が整いました」
「あぁ分かった。そうだマシュー、この人は先日うちの執事となったモーガンだ、モーガン次男のマシューだ、よろしく頼む」
「お帰りなさいませマシュー様。これからもよろしくお願いします」
モーガンは姿勢を正し、まるで教本のような礼をとる。
でも彼の笑顔を見ていると、なぜかとても懐かしい気がする。
昔から知っている人のような気がして、つい甘えてしまいそうになる。
「皆様、食堂の方へどうぞ」
ドアを開き、僕らを待っている姿もどこか覚えのある風景だ。
彼と話をしてみたい、そんな衝動に駆られる。
もし機会が有ったら話しかけてみよう。
夕食の最中、ミディアお母様やケネス兄様は色々な話をしてくれた。
この町の名所、特産物、有名人。
「これもその一つ。食べてみてマシュー、何だと思う?」
差し出されたのは野菜のサラダ。
その中の一つを示し、お母様が問う。
形からすればアスパラガスだろう。
だけどそれは見慣れたものと違い色が白い。
今までこんなものを見た事が無い。
恐る恐る口にすると、芳醇な香りとともに口内に広がるのはやはりアスパラガスだ。
でも僕の覚えのあるそれよりもとても瑞々しいし、柔らかい。
「これは…アスパラガス…ですか?」
「ご名答。でも普通の物と少し違うでしょう?」
「はい、柔らかくていつもより甘みが有って、何より白いです」
「変わっているでしょ、これは育て方に秘密が有るのよ」
「秘密ですか?」
「そう、元は同じアスパラガスだけど、これは芽が出る時、土を掛けて日光を遮るように育てるの。そうすればこのように白いアスパラガスに育つのよ」
得意そうにそう僕に教えてくれるけれど、それでは秘密になりませんよ。
ミディアお母様達は色々な情報を僕に教える。それは勉強の様ではなく、まるで世間話をするように自然に話してくれる。
「だからお前も通ったあの学校には七不思議が有るって言ってるけど、いくら調べても5つしか話が無いんだよ。だったら最初から5不思議って言えばいいだろ?」
理不尽じゃんと兄様がとても親しげに話すので、僕もつい話を返す。
「あと二つは忘れ去られたのかもしれませんよ」
「そりゃそうかも知れないけどさ」
つまり僕はケネス兄様と同じ学校に通った事になっているんだ。
でも、今までこんなにふうに話をした覚えがない。とても楽しい。
食事も終盤となり、デザートが運ばれてきた。
メニューは何て事は無い、見た目も普通のゼリーだ。
中にはダイスに切ったリンゴのコンポ-トが入っている。
でも一口食べると、なぜか不思議と懐かしい味がした。
「美味しいです。とても……。」
僕はこの味を知っている。
でもそれがいつの事なのか、今の僕には分からない。
甘くて、優しくて、とても幸せだった頃の味。
アダム様は過去の事は思い出さなくてもいいと仰ったけれど、今はそれをとても残念に思える。
「っう、ぅえっ………ぇ……」
何故僕は泣いているのだろう。
確かに思い出せない自分が不甲斐ないけれど、でもこれはその涙じゃない。
久しぶりに味わうこれが懐かしくて嬉しくて。
「マシュー様、申し訳ございません、すぐに変わりの物を用意させていただきます」
慌ててモーガンがゼリーを下げようとするけれど、僕は取られまいと抱え込んだ。
「モーガン、他の物はいらない。これがいいんだ」
僕は慌てて食べようとするけれど、早く無くなるのが惜しくて、一口二口と味わうように口に運んだ。
アダム様はそんな僕を見ても何も言わず、親指でそっと涙を拭ってくれた。
「さて慌しくて悪いが、マシューに少し話がある。私と一緒に書斎に来てくれるかい」
「あっ、はい」
「モーガン、私達のお茶は書斎の方に頼む」
そう言い、お父様が席を立つ。
僕も慌てて立ち上がりお父様の後に続いた。
アダム様も慌てて立ち上がるのを見て、お父様は何かを考えていたけれど、そのまま部屋を出られたと言う事はアダム様が一緒でも構わないと思われたのだろう。
「奥様、大変申し訳ございませんでした。エリック様は私の作ったあのゼリーがお好きだったので、ついメニューに加えてしまいました。」
本当は、マシュー様が過去を思い出す物など、一切触れぬようにしなければいけなかったものを、私はそんな事も思いつかず……。
「仕方ありません。あなたはマシューの事を誰よりも知っている人です。きっとマシューの事を思ってしたことでしょう?でもモーガン、これからは気を付けて下さいね」
「はい、奥様。本当に申し訳ございませんでした。」
私は心から反省し、これからは何がマシュー様の為になるかをよく見極めなければ。
しかし、マシュー様がご無事で発見されて良かった。
ギラン様と出会えて本当に良かった。
私をここに呼んでもらえたことで、これからも度々マシュー様とお会いできるだろう。
その時は誠心誠意お仕えしなければ。
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