第37話 ご挨拶
それから3週間後、ジーク兄様の計画通りアダム様のご実家に挨拶に行く事になった。
アダム様のお父様とお母様、共にお二人とも軍に勤めていらしたとのこと、さすがはアダム様のご両親ですね。
その証拠に階段のホールには軍服を着たお二人の肖像画が有り、見惚れるほど立派な絵だった。
お姉様もいらしてくれて、とても快く僕を歓迎してくれた。
「本当は結婚披露のパーティーをやりたかったのだけど、アダムに忙しいと断られてしまったの」
お母様がとても残念そうでとても申し訳なく感じたけれど、そんなに仰々しくて恥ずかしい事は避けたい僕にとって、それは願っても無い成り行きだ。
「わざわざ僕の為にそんな事をしていただく訳にはいきません。でも…ありがとうございます」
今日はここに1泊し、明日の夜には船と合流することになっているから、確かに結婚披露パーティー何て開いている時間は無かった。
今度ばかりはこの予定を組んでくれたジーク兄様に感謝しなければ。
それから一通り屋敷の中を案内された。
まず一番驚いたのはそのお屋敷の大きさで、案内された部屋数だけでも30以上の部屋があり、それぞれがとても素晴らしく、目をみはるばかりだった。
一番広い応接室はとんでもない広さで、外の庭園に通じるテラスにはバラの蔦が絡みつき数多くの花が咲いている。
まるで大勢の人を招いて大々的なパーティーが催せるほどの広さで驚いた。
後で聞けば、やはりギラン家主催のパーティーはあの部屋が使われるらしい。
とてもじゃ無いけれど、僕の想像力が追い付いて行けないお屋敷だった。
とても手の込んだ美味しい食事をご馳走になり、皆さんと色々な話をし、船の都合上1泊しかできない事をとても残念がられた。
「マシュー君だけでも泊まって行きなさい」
そう言われたけれど、僕はアダム様と離れるのが寂しくて、アダム様も僕を絶対に置いて行かないとすごい勢いで断っていた。
帰り際、皆さん一人一人がギュッと抱きしめてくれて、別れを惜しんでくれる。
本当にいい方達だ。
何も無い、記憶すらも持たない僕があんなにも歓迎されるなんて思いもよらなかったので、僕はとても幸せな気分でそこを後にした。
「そう言えば、アダム様のお姉様はとても優しくて、面白い方ですね」
「ん?」
「だって“アダムを消してあげるから、私のお嫁さんになりなさい”なんて冗談を言ってたのですよ」
「あのくそ姉貴………だが、マシューと俺は運命で繋がれている。いくら引き裂こうとしても今更無駄な事だ!」
苦々しそうにそう言われるけれど、さすがにお姉様の言葉は冗談ですってば。
なーんて話をしたりして、リーエンツでは本当に楽しい日々だった。
そして今日は、とうとう僕の家族に初めて会う為カシールの港に着いた。
「どうした、マシュー?」
港の一画で躊躇っている僕をに気が付き、アダム様が心配そうに立ち止まる。
「僕、大丈夫でしょうか?皆さんに気に入っていただけるでしょうか…。」
「大丈夫ですとも、マシュー君は何も心配する事はありません。皆さんあなたの到着を心待ちにしてましたよ。」
ジーク兄様の言葉は僕を安心させる為のものかもしれないけれど、その言葉に勇気づけられ、僕は再び歩き出した。
それから僕らは港内の入り口に止まっていた黒塗りの大きな車に乗り込み、新しい家族の待つ家に向かった。
「………大きなお屋敷ですね」
アダム様の実家よりは小さいけれど、それでもここに来るまでに見た度の家よりも大きな家だった。
「まぁ一応伯爵の家柄ですからね、これぐらいは普通ですよ」
最近慣れない爵位が飛び交い、僕の常識が崩壊し掛けている。
えーと、アダム様の家が侯爵で、確かジーク兄様も伯爵って言っていたっけ。
それから僕の家族となるここも伯爵で、確かマティアス様も伯爵だった気がする。
「え?……マティアス様?」
一体誰の事だっけ?
かなり親しかった方のような気がするけれど、それが誰だったのか思い出せない。
「マシュー!?」
「マシュー君!?一体その名をいつ……」
二人ともなぜそんな驚いた顔をしているの?
「だってあの方も伯爵様でしょう?」
そう、あの方も伯爵だと教えて貰った。
……一体誰に教えて貰ったんだっけ?
あの方、え?あの方とは誰の事だっけ。
分からない………。
なぜかそれがとても大切な事で、思い出さなければいけないと誰かが言う。
頭が痛い、いや、訳の分からない思いが渦巻き心が痛いんだ。
何かに追われるような、何かをしなければいけないのに何もできない。そんな強迫観念にかられる。
目を開いていることが辛くなり、ギュっと目を瞑り、その場に崩れるように膝を付いた。
息が苦しい、体は熱く感じるのに、なぜか冷たい汗が噴き出し気持ちが悪い。
「はーーっ、はーーっ、はーーっ」
胸を押さえ懸命に息をする。
「………!」
誰かが呼ぶ声がする。
「……、………!」
誰かがあわただしく何かを言っている………。
「マシュー!気が付いたか!?」
目のすぐ前にアダム様の顔が有った。
「ぅわあっ!」
びっくりしたびっくりした!
驚いて思わずアダム様を胸ドンして避けてしまった。
目を開けた途端アダム様の綺麗な顔がすぐ近くって、なんのご褒美ですか!
心臓に悪い…。
「マ、マシュー……俺が…分からないのか?」
「えっ?」
分からないのかって、何の事をだろう。
あなたは僕の最愛の人で、僕の旦那様で、軍の少将様で……。
「失礼、ギラン様」
そう言い、一人の紳士がアダム様との間に割って入って来た。
「診察のため、暫く席を外していただきたい。よろしいですか?」
「マシューの傍に付いていたいのだが、ダメだろうか」
「少将殿、我儘を言ってはいけません」
また絶妙な掛け合いをしながら、お二人は部屋を出て行かれる。
でも診察?僕を?僕はまた何か迷惑を掛けたのだろうか。
「さて、私の事は分かりますか?」
そう言われ、僕は目の前の紳士をじっと見つめる。
どこかで会った気がする。
一体どこで………。
いや、写真だ。
先日ジーク兄様に見せていた写真に写っていた方だ。
確か………。
「お…父様?」
「よく分かったね。そう私が君の父親だ。具合はどうだい?」
「えっ?あ……僕はどうして…」
「君は気を失っていたんだ。何か覚えている事はあるかい?」
覚えている事……、
「確かアダム様達と船を降りて、車に乗って………」
「乗って?」
「景色を見ながらアダム様と話をして、……ごめんなさい、その後の事は…僕は一体どうしたんですか?」
「ちょっと神経質になっていたのかもしれないね。マシュー、過去について何か思い出した事などは有るかい?」
思い出した事?今までこれと言って無かったと思うけれど…。
「ありません。僕も早く思い出さなくてはいけないと思っているのですが…」
「無理をしなくてもいい、それに付いては後で色々話をしよう。まずは君の旦那様達を安心させてあげよう」
そう言ってお父様は僕の枕元の席を立ち、アダム様を呼びに行ってくれた。
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